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「カタロニア讃歌」


ジョージ・オーウェル著 都築忠七訳 岩波文庫 1992年5月

ジョージ・オーウェルがスペイン内戦に際し、POUM(マルクス主義統一労働者党)の義勇兵として参加した記録。
強烈な反共主義的小説として名高い「動物農場」「1984年」の著者がスペイン内戦で共和国側の共産主義政党の民兵として参加していたことは以前から不思議に思っていましたが、その鍵は本書の中にあるのではないか、と思い、読んでみることにしたのでした。

ジョージ・オーウェルは1936年12月から1937年6月までスペイン内戦に参加。
フランコらの反乱によって内戦が本格的に戦闘に発展したのが1936年7月で、オーウェルの参加は内戦が最も激化していた時期。1937年5月にはバルセロナで共和国側を支援していた共産勢力の間で内紛が発生し、これを機に反ファシストに対する共和国側の劣勢が顕著になった。
オーウェルは前線での負傷が元で1937年5月にはバルセロナに滞在していてこの「5月事件」に遭遇し、逮捕・殺害への危険から英国への帰国を決意する。6月末スペイン出国。
本書は帰国直後から執筆し、1938年4月に初版発行。

第二次大戦前夜のファシズム台頭を巡る状況の中でスペイン内戦のもつ意味は多大なものがあるのですが、その実情は大変複雑で、分かりにくく、大雑把に情勢を把握するだけでもかなりのエネルギーを要するのですが、本書はこれを一読すればスペイン内戦の全体像を把握できる、というような構成にはなっていません。
内戦の収まらない1938年のはじめに出版され(フランコによる内戦終結宣言が出たのが1939年4月)、外部に内戦の実情を伝える手段が限られたなかで、共和国側の内部で何が起きていたのか?という実情を伝えることが第一義的に優先されたのだと思います。
全体の3/4がオーウェルの体験した内戦のルポルタージュ、後半1/4が補論として内戦の政治的側面と共和国側の内紛の背景の説明を記述しています。

前半のルポルタージュのところは、貧弱な装備とまったく統制のとれていない義勇軍の実情が延々と語られ、あまり面白いとは言えません。
ただでさえスペイン内戦の基本的知識が不足している中で、そこに従軍した義勇兵の一人語りにどれほどの意味があるのか?といった疑問が頭をもたげ、なかなか読み進むことが難しいのです。
しかし、辛抱して読み続けると、共和国側がなぜ敗れたのか、その根源的理由が具体的事例の中に窺い知ることができるのです。

共和国といってもその最大の勢力は共産党であり、反ファシズムの立場から労働者支援の名目でソ連(=コミンテルン)がその後ろ盾となって共和国側に軍事支援をしており、当初はソ連製装備がファシスト側を圧倒していたとのこと。
ソ連の革命思想の輸出の原理からいって、スペイン内戦の最終的目標は共産党による暴力革命の勝利となるはずだったのが、一枚岩とはいえない共和国側の勢力が災いして、ある時点からソ連はスペイン国内での共産革命は難しいとの判断に傾き、革命の成就に消極的になっていったようです。
コミンテルンの指揮下にあったスペイン共産党はファシストとの闘いに専念し、スペインでの共産革命をその目標としないことを決め、その指揮下に入らず労働者革命を推進するイベリア・アナーキスト連盟(CNT-FAI)やPOUMへの弾圧を開始した、という経緯のようです。

12章に分けられたルポルタージュ部分は敢えてそうした政治的内紛を巡る上層部の問題を避けて、戦闘の只中に身を置く一兵卒としての体験と動揺を詳細に記述することで、POUM内部から見た内戦での体験がありのままに記録されているのでした。
当時の反ファシスト側諸国のマスコミ(=新聞)にとって、内戦での共和国側の実情をそのまま伝える一次資料としてのオーウェルのルポルタージュは、大いに価値のあるものだったのではないかと思います。

戦場での体験を具体的に語ったルポルタージュの部分に続く補論では共和国内部での魑魅魍魎とした各政党間の不毛な争いや、共産党が共産勢力内部で覇権を握ろうとする実態に触れ、CNT-FAIやPOUMがなぜ排除されていったのか、といった経緯を説明していきます。
その論調はルポルタージュ部分とは打って変わり、激しい怒りに満ちていて、大変驚かされます。
POUMの戦闘員として内戦に参加したオーウェルが筋金入りの共産主義者であり、その革命的精神に燃えて反ファシストの闘争に参加したはずが、ソ連共産党の意向で変節した共和国側の動きにどれほど失望したか、想像に難くありません。
バルセロナ5月事件に際し、共産党がPOUMを「フランコの第5列」などと喧伝したことで、人心を離れさせ、反ファシストの闘争からブルジョアや中産階級の離反を招いたと糾弾。
ちなみに、フェイクニュースで事実と明らかに異なる、まったく逆の立場の者を悪役に仕立て上げる手法は、2020年のアメリカ大統領選で“勝利が盗まれた”などという世迷言を垂れ流すトランプ支持者とまったく同様の構図であるのが面白いところ。

POUMがスターリニストに対するトロツキストとしての立場であり、そもそもソ連共産党=コミンテルンの立場とは相容れないものであることからして、POUMが共産勢力の中から排除されるのはソ連側から見れば既定路線であったことは後の世の我々から見ると必然と思えるのですが、オーウェルの怒りに満ちたスペイン共産党への糾弾は、帰国してもなお、POUMの国際的評価を回復しようとする必死の努力のように見えるのです。

「動物農場」でスターリニストとトロツキストの争いをナポレオンとスノーボールという2頭のブタに例えて痛烈に批判しているのも、このときのソ連への強烈な怒りが反映されているといえるでしょう。

熱烈な共産主義者であったはずのオーウェルが「動物農場」に続いて「1984年」を書くに至った背景は本書にはっきりと認識することができました。
また、著しい混迷の後にファシストの配下となったスペイン内戦の敗因について、ようや納得のいく経緯と理由を知ることができたことは、本書を読んだ大きな収穫だったと思います。


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