玉井の夏休み・中間報告
実家にいる。どこもかしこもクソみたいな田舎であり、自由はない。人権もない。
去年は烏の行水のような帰省だったが、今年は少しだけ長めに過ごそうと思う。有給がどうとか悩まなくていいというのは休職様様だ。今年はコロナで中止していた祭りやイベントも徐々に再開し始め、本来の夏の姿を少しずつではあるが取り戻しているように感じた。わたしも同じように健康を取り戻したいと思った。
さて、デパス酒がやめられないという話。デパス眠剤酒ともいう。酒は専ら安い赤ワインで、下戸のわたしはワイングラス2杯程度でベロベロになれる超低コストの女であるため、酔いを回すべくそれくらいの量を「胃が空っぽの状態で」「なるべく短時間で一気に」薬と共に流し込むとほどなくして楽園がやってくる。柔らかな眠気と共に、5時間くらい意識を手放せる。わたしが過去に犯したあらゆる罪を全て許してくれるような温かい気持ちに触れることができる。生きたくても生きられない人が世界にたくさんいる中で、こんな産廃が性懲りも無く生きていることを許されているような気さえする。
ところが問題はその5時間後で、例えば19時にデパス酒をやって5時間後の午前0時に目を覚ましたとする。この頃にはアルコールが分解を始め、悪酔い特有の体調不良が一気に襲ってくるのだ。呼吸困難や眩暈や頭痛など。割と洒落にならなかった。死を覚悟した。そんな朧げな意識の中で119を押した時、わたしはまだ生きていたいのだな、と自覚した。随分と傍迷惑な確認方法だが、この世は地獄と言っておきながらその地獄から逃げたくないと思うなんて滑稽な話だ。やがて救急隊員の方々が駆けつけ、脈拍や血圧を測られながらあれこれ話をして、結局搬送はされずに終わった。去っていく隊員たちを見送り、アルコールがまだ残存しているせいで赤ら顔のままのわたしは、ワインで満たされた胃に再びデパスをかっこんで無理矢理眠った。この時点で午前2時だった。
そんなデパス酒だが、当然ながら主治医にも薬剤師にも止められている。分かっちゃいるけどやめられない。デパス酒は却ってストレス耐性を下げる、という主治医の言葉がグサッときていて、これに逃げているうちは社会復帰は無理なのだろうか、と考え込んでしまう。だがストレスから逃げる手段はこれしかないのだ。次は悪酔い対策をしっかりしよう。
仕事の昼休憩が怖い。
仕事でミスした場合も怖いが、そういう時は「起こってもいないことを考えても仕方ない」「どういうミスかによって対処が違う」などと言って逃げられるが、昼休憩はミスをしようがしまいが必ず訪れるからだ。会社の人間と狭い空間で面と向かって飯を食うのが耐えられない。大概の支店は休憩室がクッソ狭い。ただでさえ狭い空間に着替え用のロッカーやテレビ、果てはシンクも置かれているので、座れる場所6畳あるのか?という場所もザラにある。これがもしデスクワークで、自分の机でぼんやり昼飯を食うことができたり、テレワークだったりすればだいぶ楽になるのだが、デスクワークもテレワークも職業柄無理だ。ワイドショーを見てゲラゲラ笑い、20も30も年上の先輩の身の上話をうんうん頷いて聞きながら飯をかっこむあの時間が大嫌いだ。これは休職する前から嫌いな文化で、近くの飲食店に立ち寄り、休憩が終わるまでに戻るなどしていたのだが、職場がザ・住宅街のど真ん中にあったりするとそれすらできない。こうなれば回避する方法は一つしかなく、産業医と面談して5時間を超える労働をしないことだ。超えてしまうと1時間の休憩義務を課せられると労基法で定められている。ブラック企業なんかだと休みなんてあるわけない!バシバシ働け!などと言われて休みなしで働かされることもザラだろうが、わたしはむしろそっちの方が都合がいいかもしれない。それくらいあの密室での上司先輩との空間が恐ろしい。リハビリ出勤している間はそれも通用するが、遅かれ早かれフルタイム勤務はやってくる。その時の昼休憩が恐ろしくてたまらない。あの密室に詰め込まれるくらいならいっそ殺してほしい。
親と過ごしていると、まるで死体のように生きていることしかできない、ということに気付かされた。買わずとも自動的に食事は出てくるし金はかからないが、弱音を吐いたり少しでも精神的にネガティブな話をしたりすると「そんな暗い話はしたくない(聞きたくない)」と強制シャットアウトされ、何が何でも生きろ、お前が死んだら無理心中するとまで言われるのがキツい。ただ生きているのにそんなに価値があるとは思えないし、少し前に付き合っていた人に言われた「老衰以外で死ぬことは許さない」というモラハラ発言に重なる部分があった。親よ見ているだろうか、これがあなたたちが避妊しないセックスの末に生み出した地獄です。望んで生まれたわけでもないのに、生まれた以上は明るく過ごせ、笑って生きていなければ許されない、さらに上記の元彼の発言を合わせると「老衰以外で死ぬ奴は(事故や病気など望まない死であっても)馬鹿で人でなし」くらいのインパクトがあって、まだまだ老い先60年以上あるわたしには、この世という地獄の血の池に頭を掴まれて延々漬けられているような息苦しさがある。鬱の症状か薬のせいかは分からないがすごく疲れやすくて、少し出かけたらその時間だけ帰宅後は泥のように眠って過ごす日々が続いた。実家には自由がない、とはそういうことで、親の目を掻い潜らなければデパスすらまともに飲むことができない。ガブガブやっていたデパス酒も実家ではできない。急性アルコール中毒の死因の詳細は呼吸障害なのだそうで、前述の経験を加速させて119を呼ばずにいたら死ねるかな、と思った。死がおいでおいでと手をこまねいている。行けるなら行きたい。でも生の呪縛がそれを許してくれない。わたしを親の所有物でもペットでもなく一人の意思を持った人間として肯定してくれるなら、独りで死ぬことくらい許してほしい。途方もなく長く感じるこの仄暗い地獄からリタイアする権利くらいあるはずだ。何がなんでも生きろ生きろと生を強制する行為はリブハラというらしい。何でもかんでもハラスメントにしてしまうのはちょっとやりすぎのように思うが、そういう言葉が生まれる以上、ハラスメントに匹敵するくらいの苦しみを与えられている人間がいるのは確実であり、わたしもその一人である。死より生き続ける方が遥かに恐ろしい。
東京で過ごすときは基本一人でいるけれど、それは誰かとの喧嘩が起こらないからだ。軋轢が生まれないからだ。風呂やトイレを他人(自分以外の人間という意味)と共有することに凄まじい嫌悪感を覚えたとき、わたしは壊滅的に誰かとの同居に向いていないと思った。経済的に一人暮らしができているうちにさっさと死ななければと思った。あれよあれよと甲子園が閉幕して、いよいよ夏の終わりを感じた。楽しみだと言っていたソシャゲのイベントも3ヶ月くらい先で、途方もなくて、わたしはその時生きていると言える自信がない。コンビニで食べ物を買うように、あるいは電車に乗って目についた座席に座るように、死は思いのほか身近にあるのかもしれない。そう願ってやまない。この地獄が早く終わりますように。
追記
重度の鬱でもフルタイムで働けますか?