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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』は本当の理由なのか

ダイビングが趣味なので、沖縄には年に1、2回は行く。普段もふいに沖縄に行きたいなぁとソワソワすることがある。自分の中で作り出したものなのか分からないが、僕は沖縄に魅力を感じている。

青い空、青い海、温暖な気候、独自の文化、朗らかで穏やかな人々…。

このイメージを僕も持ち続けている。

でもきっと、そこに住むとなると、また全然違う景色が見えてくるものなのだろう。
この本の筆者は、沖縄に長く住み、生活することによって得た沖縄の本当の姿を記している。

「しーじゃー」や「もあい」のような、身近なムラ集団を大切にするといった沖縄独特の文化や価値観が、逆に沖縄の発展を阻害し、多くの本土との格差を生んでいる。
身近なつながりを大切にするあまり、目立ったり輪を乱したりする行動を控え、そういう行動をする者を排除する。という正しくムラ社会の中においては、文化的な変容や経済的な発展が望みにくい。
その柵から抜け出すには、結局沖縄を出ていくしかない社会構造だという。
「琉球大学に行くくらいなら、本土の私立大学に行った方がいい。」と言われることもあると聞いたことがある…。

本書で述べられていることを、沖縄に住んでいる人から直接耳にしたこともある。実際に沖縄の若者は職を得るためには、先輩や親のつてなど身近な人に頼らざるを得ないことが多く、その縁や恩から離れることは難しいそうだ。そういう人間関係がしんどくて、本土に移る人もいるらしい。

観光業は盛況なのに、沖縄の人の生活は変わらない。どうして沖縄から貧困がなくならないのかを、筆者は沖縄の人の身近な人間関係に終始してしまう精神性や自尊心の低さを根本的な理由としている。

基地関係の補助金や税制優遇も、ビジネスのチャンスも、無駄にしてしまっている。
自尊心が低く、貧困の再生産が行われいている。
そして、SNS主流の時代になり、沖縄の人の沖縄離れが加速、本土企業がどんどん入り込んできて、本土化していく。
ところが、これは結局日本全体の問題に当てはめることができる。

ってちょっとまって…!

歴史は?

そうならざるを得なかった歴史は?背景は?

百歩譲って、「沖縄の人」らしいという傾向があったとしよう。
でも、それが今の沖縄の貧困を生み出している原因?

違うと思う。根本は侵略され、抑圧され、捨て石にされてきた歴史にあると思う。

だって、筆者の言うように、結局上記の精神性は日本人そのものに当てはめることができる。
年長者を大切にしたり、身近な縁や恩を優先したりするムラ社会は沖縄だけの話じゃない。
そして、貧困の格差にあえいでいるのは、沖縄だけじゃなく、地方全般。

なのに、そこに輪をかけるように、沖縄にワーストが並ぶのは、沖縄の大切にしてきた文化や風習の中に、大和社会が無理くり西洋文化や経済社会をねじ込んでかき回してきた結果なんじゃないかな。

自尊心がないというのなら、沖縄の人の尊厳をどれだけ本土が傷つけてきたのかも考えないといけないんちゃうかな。だって、沖縄の人がどれだけ声をあげても、無視し続けてるやん。

基地の補助金や税制優遇は確かにあるし、それを沖縄の一部の企業がいいように使っている現実もあるかもしれんし、それを沖縄の人の「やさしさ」が増長させている部分もあるんかもしれん。でもそれだって、さんざん本土の企業や施政者に利用されてきているように思う。

「沖縄の問題(の大半)の原因は、戦争または本土の政治姿勢に起因するという、強い空気感がある。「沖縄県内に問題の原因がある」という論調は、沖縄社会ではタブーに近いのだ。」

こんな暴力的な自己責任論はない。視野を狭めていっているようにしか思えない。個人に起因するようなこともあるだろうけど、結論をここに持っていってしまうことに、違和感というか、腹立たしさを感じてしまった。

沖縄の問題の原因は、戦争または本土の政治姿勢に起因すると、僕は思う。


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