見出し画像

Weekly R-style Magazine 「読む・書く・考えるの探求」 2018/08/27 第411号

倉下忠憲

はじめに

はじめましての方、はじめまして。毎度おなじみの方、ありがとうございます。

先日まで『Scrabox情報整理術』が、Amazonで買える唯一のScrapbox系書籍だったわけですが、それが変わりました。

『わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門』や『わかばちゃんと学ぶ Googleアナリティクス』の著者でもある湊川あいさんによるScrapbox解説書です。たいへん楽しく読める漫画ですので(しかも無料)、ご興味あればぜひご覧ください。

Scrapboxに興味あるけど、まだ『Scrabox情報整理術』を買うほど機運は高まっていない、という場合にも良いかと思います。

〜〜〜10分の作業〜〜〜

8月10日のイベントが終わってから、微妙に不調が続いているなと思っていたら、一気に体調が悪化しました。

全身がだるく、作業すれば熱が上がり、胸やら腕やらに痛みがあります。ああこれは、前に経験したやつだ、と直感的に理解しました。勘違いの可能性もありますが、前回の不調と共通点が多いので、おおむね間違った予想ではないでしょう。

前回ははじめての経験なので、それなりに慌て、精神的にも強く落ち込みましたが、今回は「どういうものなのか」をある程度理解していますし、そこからリカバーした経験もあります。体の調子が悪いと、どうしてもメンタルも引きずられて落ち込みがちですが、それでもどん底までは至りませんでした。不幸中の幸いです。

とりあえず、改善に向けて意識したのは以下の点です。

・作業を減らす
・ストレスになるようなものから遠ざかる
・なるべく笑えるものと接する
・運動を増やす(できればストレッチする)

おそらく、自律神経系の回復手段としてはありふれたものでしょう。これに加えて大切なのが、「すぐによくなることを期待しない」という点です。それを期待してしまうと、ストレスがかかり、結局回復を遠ざけてしまいかねません。

前回も、本格的に「よし、これで通常業務に戻れるな」と思えるまでに、かなりの時間がかかりました。ものすごく悪くなる前に対処できたとは思いますが、それでも本調子に戻るには時間がかかったのです。人間の体は繊細で複雑なシステムなので、「今日ツボを押せば、明日回復する」というものではありません。

回復を焦らず、地味にできることをやっていく。そして、無理をしない。

ここには多少の(ワーカーホリックな私にするとかなりの)もどかしさがありますが、そうすることがやっぱり一番の近道なのだと思います。

というわけで、このメルマガが配信されるころには終了しているはずの8月26日のイベントに向けて、絶賛作業を縮小中です。

本当に最低限の仕事しかせず、SNSとも距離を置いています。熱でボーッとした頭でツイートしても、だいたいにしてろくなことになりません。そもそも、流れ続けるタイムラインを追いかけるのは、結構体力(ないし精神力)を使います。ほとんど中毒のようにTwitterを触っていますが、ここ最近はかなり意識して触れないようにしていました。

また、私は30分や1時間単位で原稿書きをするのですが、原稿を書こうとするとどうにも緊張してしまい(たぶん集中の反動でしょう)、交感神経が活発になるのか、かなり熱があがりやすいので、10分単位で作業を進めることにしました。

上のWebタイマーツールを使い、10分を測りながら作業を進めました。10分経ったら、作業の手を止めて、伸びをするなり、ちょっと立つなり、といったことをするわけです。

で、これをやりながら気がついたのですが、やっぱり原稿に集中すると、肩が内側に寄り、首がぎゅっと固くなっています。そりゃ、こんな姿勢で1時間も作業すれば体もコるよ、と不思議な納得が得られました。

10分毎に集中が途切れるのは非常にまどろっこしいのですが、それでもそのたびに姿勢を整えて──背筋を伸ばし、おへその下辺りに力を入れ、視線があがりすぎないようにする──いると、これまでよりも長い時間作業できるようになった、ような感触があります。

20代の頃には露ほども関心を持っていなかった領域ですが、40代に向けた知的生産活動では、こうしたこともしっかり意識しておく必要があるのでしょう。

〜〜〜熱狂さ〜〜〜

そういえば、8月10日のScrapbox DrinkUpイベントに参加して感じたことがあります。

イベント自体はたいへん盛り上がり、ある種の熱気に包まれていたわけですが、なんだかその雰囲気がすごく懐かしいような気がしました。

で、その懐かしさを辿ってみると、「ああ、これは、Evernoteの黎明期のあれだ」という感覚に辿り着きました。2008年~2010年くらいの、これからEvernoteがどんどん成長していくぞ、というような期待感に包まれていたときに発生していた熱気と同質のものが、そのイベント会場には溢れていたのです。

結果的にEvernoteは成長した反面、最近では企業ユース(Evernote ビジネス)に注力していて、個人ユースでのイノベーションはあまり起きていません。個人的な見解では、情報整理ツールとしての躍進は「ノートリンク機能」の実装以降ほとんど進んでいない状況です。
※ちなみに、Macのベータ版にノートリンク機能が実装されたのが2011年の5月です。

Scrapboxは、Evernoteとは別の平面に属するツールではありますが、個人の情報整理を担うという点では同じ志向性を持っています。多様な使い方を許容し、個人なら無料で使えます。さらに、さまざまな拡張性があり、用途ごとにカスタマイズすることも可能です。

はたしてこのScrapboxというツールが10年後どのような形になっているのか(そもそも存在し続けているのか)は、まったくわかりませんが、それでもこの熱気が消えてなくなるようなことがなければいいなと願うばかりです。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q. 10年前の情報整理環境と今の情報整理環境はどのように変わりましたか?

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週も「考える」コンテンツをお楽しみくださいませ。

――――――――――――――――
2018/08/27 第411号の目次
――――――――――――――――

○「タスクリストにある嘘」 #BizArts3rd
 タスク管理を掘り下げていく企画。今回は別領域からの刃をお届けします。

○「アイデアではなく問題解決」 #ノート道の歩き方
 問題解決におけるノート術について書いていきます。

○「Scrapboxで本を書いているときに感じること」 #物書きエッセイ
 物を書くことや考えることについてのエッセイです。

○「KJ法と名付け」 #今週の一冊
 Rashitaの本棚から一冊紹介するコーナー。新刊あり古本あり。

○「ファスト&スロー」 #リベラルアーツ再考
 〈自由に考える〉ことについて考えている連載です。

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

――――――――――――――――――――――――
○「タスクリストにある嘘」 #BizArts3rd

情報はネットワークでつながり、一つの情報は複数のコンテキストを持つ、と仮定します。

次に、タスクと呼ばれるものは、「行動についての情報」だとします。

すると、タスクもまた、ネットワークでつながり、複数のコンテキストを持つことになります。

そのようなタスク(情報)を、リスト、つまり一階層のツリーで表現することには、何かしらの無理が伴います。記述されるべき情報が抜け落ちる、ということです。

このような状況を、やや誇張的に表現すれば、「タスクリストには嘘が含まれている」と言えるでしょう。正確に言い直せば、「タスクリストは、情報の状態を正確に表現しているわけではない」ということです。

「嘘」という表現かきついのならば、「無理」という表現でも構いません。情報の次元を無理矢理落として、一列に並べてしまっていることによる弊害が、そこには存在します。

そのような弊害は、別の側面から見れば、「有限化」ということになります。そのような有限化があるからこそ、人はタスクを実行していけます。複雑な情報ネットワークにタスクが位置されているマップをみても、たぶんやる気みたいなものは湧いてこないでしょう。情報の次元を落とす有限化は、人の行動を促進させる効果が期待できます。

しかしそれは、「狭い通路に人を押し込めたら、進む方法は一つに定まる」という話でもあります。人ひとりがやっと通れるくらいの狭い通路ならば、後ろにいくか前に進むかの二択しかありません。それで悩むことすらもあるでしょうが、無限の可能性がある状態よりは、行動は生まれやすいでしょう。

とは言え、こうして行動が生まれること、別の言い方をすれば行動が強制されることは、人間の自由さとは少しだけ乖離しています。

ここから議論は、少し微妙なものが混ざり始めます。

あるシステムが望む方向に、自分の行動を沿わせるということが、多くの「タスク管理」が目標とすることでしょう。その目標を達成することを極限すれば、それはすなわち非常にシステム的である(≒人間的ではない)、ということになります。

言い換えましょう。

自分が属する社会なり組織なりが、人間に対して非人間的な要求をしてくるとき、その要求にピタリと沿う形でタスク管理することは、非人間的な行為に近づいていく、ということです。

でもってそれは、人間自身が、自分に対して非人間的な要求をしている(≒高すぎる希望を持つ)ときでも同じです。あるいは、その希望は、社会の希望を内在化させたものなのかもしれません。「かくあるべし」が押しつけられている状態です。そのような状態であれば、結局のところ、システムの要求に沿った形で自己管理していることになるでしょう。

残念ながら、既存の(広い意味での)タスク管理系ビジネス書では、こういう話はあまり出てきません。前提として、「システムに自分を合致させるのが良いことなのだ」という了解があります。タスク管理をしていたら、会社を辞めて、山奥に籠もりたくなった、みたいな話は出てこないのです。

なにせ、そういう話が出てきたら、もうその本はビジネス書とは呼べません。何かしら別の位置づけに移動してしまいます。

仮にその位置づけを、自己啓発書という名前で呼ぶことにしましょう。「自分」を中心にして生きていくことが大切だ、と説くような本の数々です。

そうした本はそうした本で、「日々の細々したタスクの捌き方」という話は出てきません。何かしら大きな夢を抱けば、そうした細々したタスクは一切合切消えてしまう、かのような勢いで夢や目標を持つことの大切さを力説し始めます。

むろん、そうした本が日々の細々したタスクの捌き方を解説し始めれば、今度はその本が自己啓発書の位置づけから移動しはじめてしまいます。

つまり、それぞれの位置づけで語られていないこと、あえて言わないようにしていること、もっと言えば隠されていることがあるのです。

でもって、そうした(あえて強調していえば)欺瞞を、Tak.さんの『アウトライン・プロセッシングLIFE』という本は、暴いたのではないでしょうか。「暴いた」という言葉が強すぎるなら、そういう欠落があることを示した、くらいでも構いません。

どちらにせよ、タスク管理の話からスタートしながらも、その先にあることが示されている珍しい本になっています。でもって、それが本書がカテゴライズしにくい理由でもあります。

私自身も似たような欺瞞について、『「目標」の研究』で切り込んでみました。『「目標」の研究』が理論編だとすれば、『アウトライン・プロセッシングLIFE』は、実践編に位置づけられるでしょう。

そして、私が次に書く何かしらの本も、『「目標」の研究』→『アウトライン・プロセッシングLIFE』という流れを意識しないわけにはいきません。

何をどう書けばいいのかはまだわかっていませんが、それでもこの筋を大きく離れることはきっとないでしょう。なんといっても、これは大切な話なのですから。

―――――――――――――――――――――――――

この続きをみるには

この続き: 9,233文字

記事を購入

180円

購入済みの方はログイン
この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!