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『レンマ学』レビュー

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『レンマ学』

中沢 新一 (著)

中沢新一さんといえば私にとって『アースダイバー』のひと、なんですが、
『チベットのモーツァルト』『カイエ・ソバージュ』などの思想書・哲学書で有名な方のようです(そっちは未読><)
レンマなんて耳慣れない響きの『学』ってなんなんでしょー。と手に取ってぱらぱらめくってみたらけっこう面白そう。むつかしそうだけれど知的好奇心をくすぐられ、熟読してしまいました。

この『レンマ』というのは、西洋哲学でいうところの『ロゴス』に対する対義語にあたる言葉なんだそう。
『ロゴス』とは「事物を並べて整理する」という意味から来た言葉。ロジックの語源で、西洋哲学の根本である二元論だったり、現在の論理学の根底をなす考え方です。
それに対して『レンマ』は、(論理的思考の発露としての言葉ではなかなか説明がしづらいのですが)「事物をまるごと把握する」とでもいいましょうか、整理してひとつひとつ理解・解釈するのではく、直感で全体を把握する。という意味合いの言葉のようです。
西洋哲学ではなく東洋哲学、思想に近い。自明の宇宙の理(ことわり)や、清濁併せ呑む(ちょっとちがうかなー?)とかいう感じでしょうか。

西洋では伝統的に「ロゴス的知性」が最重要の知的思考と考えられて、やがて理性といえばこの意味でばかり用いられるようになりました。(ロジカル・シンキング、ですね)
対して東洋では、「レンマ的知性」こそが、ほんらいの理性・知性であると考えられたのだそうです。その集大成が大乗仏教であり、華厳経なのだそう。

このあたりの説明でこうしたレンマ学の先駆者である(もちろんご本人はそうは言っていませんでしたが)南方熊楠さんが登場します。
粘菌研究で有名なあの方です。

粘菌って脳のような中央集権の思考部分を持っていないのに、餌を置いた迷路を最適なルートで解いちゃったりするんだそうです。どうやら全ての細胞組織がそれぞれ勝手に適切な判断をして、全体でうまく秩序だって行動しているってことのよう。こうした粘菌の動きこそは「ロゴス的知性」では計り知れず、「レンマ的知性」の原始的な働きなんではなかろうか、と著者の中沢新一さんは説きます。

南方熊楠さんもかつて、友人の真言僧から「この科学全盛の世の中で、仏教にこの先の可能性はありやなしや?」と質問されたことに対して、「大乗仏教に望みあり」と答えたのだとか。

華厳経、大乗仏教では、因果を含み因果を越える、『縁起』ということを根底にして哲学体系をつくり上げているのだそうです。因果、すなわち原因と結果、因果律。西洋的な「事と事」による哲学ですね。その因果を内に含んだ『縁起』とは、事と事をつないだ相互関係による関係性、相互関係を含みながら事物が生起することなのだそう。そうした諸現象との関連世界がいわゆる『空』、そして現象こそは『色』。

色即是空 空即是色。

この有名な言葉の解釈についても、レンマ的にうまく解説されています。
中沢新一さんはもともとは宗教者であり宗教学者な方だったようで、華厳経の説明にはとても熱がはいっていました。とはいえ、ロゴス的知性による言葉でわかりやすく説明するのはなかなか難しい><
ロゴス的には解釈しきれずに、ついついオカルト的な発想になったり、ニューエイジ的なトンデモ宗教に陥りがちなところを、中沢さんはあくまで『学』として東洋の仏教的思想を現代風に解説してくれます。

ここらへん、南方熊楠さんの時代では(言葉で語るのは)難しく、現代でようやくできるようになったのは、逆説的に「ロゴス的知性」の集大成であるコンピュータの発達のおかげなのだそう。粘菌のあたりを読んでいて「なんだか量子コンピュータの話みたい」って思っていたらまさにその通りだったようで、今やコンピュータパワーによって、カオスやマクロ、そしてディープラーニングといった最先端の『知性』が現出してきている。こんな時だからこそ、ようやく現代において「レンマ的知性」を語ることができるようになったということのようです。

そして、

この「レンマ的知性」は、現代数学や量子論、言語学、精神分析、数学、生命科学、脳科学といった人間諸科学の解体と再編成をうながしていく可能性がある。

のだとか。この本にもその広範囲にわたる知性のとっかかりのようなものが記されています。じっさい、レンマ的な解釈によるユング心理学や、数論(!)はとても興味深く読み応えがありました。この先、学問としてこの分野を進めていったら、なにかとほうもなく大きな学問的な転換もありえちゃうのでは、という気にさせてくれます。(私はもちろんどの方面でも素人なので「気がする」だけなんですけど……。あ、もしかしてこの直観がレンマ的思考ってやつ!?(どうでしょう?w))

それにしても、西洋からロゴス的知性がどっと流入していたあの時代に、仏教をもとに思考を展開した熊楠さんはやっぱりすごい。
そして、この本は、そんな熊楠さんの思考を源流にして、コンピュータ的な最新の知的思考を組み入れて、『レンマ学』を現在によみがえらせようという、なかなかに熱い(そしてそこそこ厚い)本でなのでありました。

生まれてこの方ずっとロゴス的思考に染まってしまっている私には、なかなかにセンス・オブ・ワンダーな知的興奮を味わえましたですよ。
とはいえ、まだまだレンマ的思考になれていないのでレビュー文も『○○だそうです』といった伝聞調子になってしまっていてすみません><

またいつか、自分の中でレンマ学が醸成されてきたらあらためて再読してみようと思います。

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