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『日本SFの臨界点[恋愛篇]』 レビュー

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『日本SFの臨界点[恋愛篇]』
 死んだ恋人からの手紙

伴名練(編)

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『なめらかな世界と、その敵』の伴名練さんが「この作品がもっと読まれてほしい」をいう個人的願望(?)で編纂されたという、タイトルの通り日本のSFの臨界点を現時点で示している短編たちの選りすぐりになっています。
とはいえ、既に個人短編集に入っていたり、有名どころはあえて省いたそう。それだけマニアックな選出になっています。
SFマガジンなどの雑誌に掲載されただけ、ならまだ良い方で、掲載媒体がレアすぎて入手困難なモノも多く入っていますので、じつはけっこうお得なラインナップだとおもいます。
伴名 練さんが「恋愛」だと思う多種多様なSFが入っています。その中のどれか一作でも大当たりがれば、十分おつりがくる本ですよん♪ (私はほぼ全部大当たり!おとくでした!w)


さて、ではそれぞれのお話の簡単な紹介をつづけてみます。

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『死んだ恋人からの手紙』ー中井紀夫

中井紀夫さんって90年代前半、SFマガジンに常連のように書かれていた大ベテランさまです。『山の上の交響楽』という星雲賞受賞の名作短編を書かれています。(これももちろんおススメ)

本作は、一見奇想のようで、それでいて宇宙全般からみたらもしかしてそうかもとか思える内容を、恋人からの手紙の順不同な連続という形式で描いています。その発想と手腕はさすがです♪

『奇跡の石』ー藤田雅矢

ESP研、某S社にもありましたねえ。バブルのころの日本企業にはそういう部署が社長の肝いりであったりなんかしたそうです。そこの社員が東欧の不思議な村を訪ね、共感覚をもつ少女とであいます。共感覚を全面に押し出して描くのは日本でもかなり早い時期だったのではと編者の伴名練さんも書かれています。すてきファンタジー♡

『生まれくる者、死にゆく者』ー和田穀

すばらしく読みやすく、スマートな文体。こころに染み入ります。粋だわ~。すてきー。っておもってたら↑にもあるように草上仁さんの別名だったのですって! まったくもう!w
※SFマガジンで、草上仁さんの作品が別で乗っている号に掲載するためにあえて別名で発表されたのだそう。一時期月刊、いや週刊草上仁だと言われていたころがあったそうですので、そんな時期のお話かもですねw
草上仁さんの私的おススメは『お喋りセッション』かなー。これは同名の短編集があるのでいつかレビューしたいと思います。

『劇画・セカイ系』ー大樹連司

冒頭からいきなり、いわゆるセカイ系ライトノベルのエンディングがやってきて、〈セカイ系ライトノベル・完〉とエンドマークがたたきつけられます。そこから、残された「彼」が「日常」という世界と戦おうにも戦えず、ぬるぬると日々を過ごした結果……という、人によっては非常にイタイであろうお話。編者の伴名さん曰く、時に苦みを含む青春小説を得意とする著者さんだとのこと。苦いというかイタイというか苦しい、かな。(人によって両極端の評価になりそう)

『G線上のアリア』ー高野史緒

これはもうなんというかバロック・パンクSFと言ったらよいか……。中世ヨーロッパの貴族階級の素敵な雰囲気にのまれつつ、どんどんテクノロジー感が加速していく感じがすばらしきですw
副読本にこの著者とは関係ないですが『ヴィクトリア朝時代のインターネット』をおススメしておきますw

『アトラクタの奏でる音楽』-扇智司

来ました! 百合SF! SFの恋愛物の短編集に百合がないなんて許せませんからね!(え?違う?)
上では三拍子に「京都!百合!AR!」と書いていますが、それと同じぐらい音楽のインタラクション性が重要なテーマです。音楽を聴いてポジティブなりネガティブなりの体感・印象が想起され、そこにフィードバックループがあったらどうなるか、という、いまでもコンピュータを使えばできちゃいそうな近未来世界の思索SFでもあります。でもあるけど、それよりも大きい要素で百合です。ごちそうさまですw

『人生、信号待ち』-小田雅久仁

本作は、ながーい信号待ちで交差点のあいだに留められた男女に訪れるラブストーリー、そして人生。時間にかんしてはアレですが、ここまで狭い空間で繰り広げられるお話も珍しい。そして、違和感なくワンダーゾーンに突入する感覚がさすがです。
この方もめちゃくちゃ上手い人です。『本にだって雄と雌があります』はほんとーに面白かった! 読んでる本かかえて転げまわりましたもんw
あの大法螺感覚がそのままに凝縮されている感があって、個人的にはイチオシだったりします。

『ムーンシャイン』-円城塔

きたきたキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 円城塔!それも超ハードな数学SF!!

それも群論ですよ!数論ですよ!巨大数ですよ!!

いきなり八十恒河沙…の、ちょう巨大モンスター数がやってきて、有限散在型単純群だの、モジュラー函数だのと戦ってムーンシャインします(嘘です)

小林 銅蟲さんの漫画『寿司 虚空編』でしか知らなかった世界を、文章で垣間見させてくれる円城塔さんの筆力はさすがです。(でも八十恒河沙からはじまる超巨大数の計算を漢数字で書かれるともうわけわかりませんw)

本作は、大森望さんの『年間SF傑作選 超弦領域』が初出です。同アンソロジーに収められるクラスの傑作をその年の円城塔さんは多数出されていて、どれを選ぶかまよった大森さんが本人に直接聞いたところ「だったら今から全力のSFを書きますよ」と言って書き上げたのがコレだそうです。
これが円城塔さんの全力ッ!!
めちゃすごいです。ここまで読み応えのある(つかれる)短編はまずなかなかないですねw

あ、もちろんでてくる数論や群論を理解しなくても読めます(私もチンプンカンプンです)でも面白いとおもえるのがスゴイ!

『月を買った御婦人』-新城カズマ

新城カズマさんといえば『サマー/タイム/トラベラー』ですね。青春SFの最高峰だとおもいます。その新城カズマさんが、ハインラインの古典『月を売った男』の逆バージョンを書いたのかと思いきや、内容は一九世紀末のメキシコ帝国版『竹取物語』なのでした。

こちらも歴史改変SFとして尖りに尖った内容。姫さまの「月が欲しい」からはじまり、加速していく宇宙開発競争がよいかんじ。

語り部たる姫の小間使いの語り口もいい感じに皮肉っぽくで素晴らしい。そして、しっかりファンタジックにまとめてくれているのがやっぱり新城カズマさんです。すてき♡

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以上、九作品。最初にあるようにちょっぴりマニアックな選出の『恋愛』SFたちでした。

あんまり恋愛恋愛していない雰囲気のもあるっちゃあありましたが、その分SFが感じさせてくれるセンス・オブ・ワンダーはばっちり。

日本のSFも捨てたもんじゃないという思いでアンソロジータイトルを改めて見て、ん? ここで臨界点? いやいや、臨界点なんて突破しなきゃだめでしょー、SFなんだからーと個人的には突込みをいれたくなるところw

なお、編者の伴名練さんのベストセラー、『なめらかな世界と、その敵』には『ゼロ年代の臨界点』という短編が入っています。たぶんそれに被せた名前なのでしょうけれど、単純に『臨界点』って言葉が好きなのかもしれません。

ともあれ、臨界点を迎えたら、今度は「反応」しなきゃですよねw

この先の日本SF界がどう反応していくか見ものであります。

とゆーわけで、これだけの内容がそろっているアンソロジーはなかなかありません。控えめに言ってめっちゃお得、だとおもいます。おすすめ!

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