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【ちょっと上まで…】〈第九部〉『リリクの一番長い日』

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〈第九部〉
『リリクの一番長い日』


―――


プロローグ~今・海面

 急に暗くなって振り返る。空から見た時に西側に広がっていた大地の大部分は、もうほとんどが水平線に隠れてしまっていた。
 高層に浮かぶ薄雲からの反射で、周りの海面が赤紫がかった茜色に彩られている。
 世界中が夕焼けに染め上げられる中で、ちょうど日時計の針が伸びるように、かろうじて水平線上にへばりついている高峰からの影が、波間に浮かぶアタシとペラ子を指し示す。
 光と闇の勢力がたったいまここで逆転して、これから、世界は夜へ変化していくのだ。

 そろそろ、あのお日様が沈んだ方へ帰らなくては。

 それにしても。
 じっと手に持ったカプセルを見る。

 割れてる……。
 どうすんのよ、これ……。

 夜明け前は亜軌道圏界に浮かぶシャトルの中で、夕闇が迫る今は海面に浮かぶペラ子のフロートの上で、アタシは、再び途方に暮れていた……。

昼前・ゴウ先生の家

 片腕のゴウ先生の家、二階。
 ひどく散らかってる小部屋にアタシはいた。
 部屋っていうかほとんど屋根裏なので、天井が低い。部屋の半分はそのまま屋根の板裏になっていて、斜めに断ち切られ、床にぶつかっている。
 光採りの小窓から差し込んでくる日の光に、うっすらとほこりが舞っている。
 備え付けの机の上には、アイツの大好物のふっるい(まだ生きている)コンピュータが置かれていた。
 かろうじて足が踏み入れられる床をのぞけば、その机の上ぐらいがこの部屋で唯一の平地。ほかは積みあがった本・本・本。それと、なんだかよくわからないガラクタや電子機器の山!
 ベッドとは名ばかりの寝床も、本を重ねて作ってあって、上に布団をかぶせているだけ。
 部屋の探索を終えて、やっとこさ目的の冊子を見つけたアタシは、その固いベッドにパタリとつっぷす。
 軌道上のおつかいミッションから大気圏突入までこなし、休みなくこの探索イベントに心身ともに疲れ果てていた。
 枕から草いきれのようなヤツの匂いがしてちょっと鼻をひんまげ、そして懐かしくなる。まだ離れてから一日もたったわけじゃないのにね。
 それにしても……。
 ごろんと仰向けになって見つけたばかりの通信規則表を開く。小さな点と棒が組み合わさったトン・ツー表は見ているだけで頭がいたくなるのだわ。
 ここで覚えていけたらなんて、やっぱり甘い考えだったみたい。このまま持って行ったほうがよさそう……。
 またぐるんとうつぶせになって、「あーん、もー、どーしよー」と唸ったりする。
 ほんとめんどくさい。ヤツがいてくれたら楽なのに! なんて考えながら足をばたつかせていたら、階段のきしむ音。人の気配。
 はっとベッドから身を起こすと、あの女が戸口にたってニヤついていた。
「あーらあら、ごめんなさーい。おじゃまだったぁ? カレのベッドで何してたのかしらあ? さかっちゃってた? 若いっていいわねえ。ムフフフ~」
 ケイだ。クソ女だ。片腕センセイをたらし込んだ悪魔の女だ。
 恥ずかしさと怒りで頭にかーっと血が上る。
 アタシは世界で一番憎い奴はクソ親父と決めていた。だのに、たった今、その順位が更新されたことを悟った。
「な、な、なんで上がってくんのよっ!!」
 とっさに枕でもぶつけてやろうかと振り上げたが、クソ女がお盆を手にしていること、たぶん紅茶でも入ったカップが載っている事に気が付いて、とりあえず武器をおろす。
 クソ女のくせに! 紅茶なんかでだまされるもんですか! どうしてくれようか。
 とりあえず手は出さずに眼力で勝負。思いっきり睨んでやったが、敵は意にも介さず、こっちのことよりも気になるものを見つけたようだ。
 机の上にお盆を置くと、ショーゴの宝物の古いコンピュータを撫でているではないか。
「懐かしいピーシーね、まだ生きてるのこの子?」
 ピーシーって言うんだ……、それに、こいつ、クソ女のくせに機械をこの子呼ばわりするんだわ……。
 アタシは乗り物全般をこの子って呼ぶし、ショーゴもいろんな機械を人みたいに扱っている。コンピュータのことだって擬人化して呼んでたし……。それに、この女、懐かしいですって? 昔使ってたわーとか言いださないでしょうね!? かすかな不安と、ショーゴと同じ反応をすることになぜかまたムカついたアタシは、ベッドから飛び起きると、
「触らないでください!」と無理やり机と女の間に割り込んで女を押し返した。
 あのコンピュータは無線の代わりになるとショーゴが言っていた。アタシにはわからない暗号とかも入っているかもしれない。そんなものクソ女に触らせるわけにはいかない。
「えー、いいじゃなーい。好きな機種なのよねこの子。ちょっとぐらい触らせてよ」
「ダメ! 絶対ダメ!! これはショー……の、あいつの宝物だから!」
 うっかりショーゴって言いそうになった。ゴウ先生がショーゴのことをショウって呼ぶようにして、アタシのことはリリクじゃなくてリリィってことになっているらしい。なんでか知らないけど。めんどくさ!
 アタシは振り返るとコンピュータの奥のほう、丸みを帯びて太くなっている部分の背中側につながっている電線をぶちぶちとひっこぬいた。いちばん端についている一本は本体側からは抜けないようなので、壁に刺さっているプラグからひっこぬく。
「ちょっと、乱暴にぬいちゃダメよ、結構貴重な物でしょそれ?」
「だから宝物だって言ってるでしょう!」
 わからん女だな!
 抜いた電線をぐるぐるとコンピュータに巻きつけると、(結構重いなコレ……)さっきのトン・ツー表といっしょにお腹の前にかかえて部屋を出ようと歩き出す。
「ちょっと、持ってっちゃうの? お茶ぐらい飲んでいきなさいよ」
「結構です! 用事終わりましたから!」
 この女のそばにこんな大事なモノおいていけるか。
 かかえたコンピュータの重みにふらつきながら(そういえばハイ・ジー環境なんだここ……)クソ女の前を抜けると、大男のセンセイが残った片腕で頭を掻きながら狭い階段の最上段に足をおいていた。
「なにやってんですか」とアタシ。
「いやあ、入り辛くてなあ。ここ狭いし」
「その狭い階段ふさがないでください!」
 階段で横を向いてわずかに隙間を空けてくれた先生の前を、アタシも横になって通り抜け、一気に駆け下り、ようとした、のだ。

 だが、しかし、やっぱりハイ・ジ―環境にはまだ身体がなれていなかったようだ。
 階段を踏み外しそうになり、あわてて戻した右足が左足にひっかかり、重いコンピュータをかかえたアタシの視界は、二回転半して暗転する。

 ◇

「救急キットは!? 薬箱がないだと? それでも軍人か!! いや、軍人の家かっ!!」
「まー元軍人だしなあ。めったに使うもんじゃねえし……」
 クソ女と先生がやり合ってる。
 アタシはその女のがなり立てている声で、目を覚ました。
 いててて……。
 また頭打ったかな……。オヤジにぶん殴られたぐらい効いたわ。
「あ、気が付いた? 大丈夫? 痛いところない?」急に口調を変えてくるクソ女。あれか、病人やけが人には優しく見せる手か。自分のほうが優位になると親切なフリをしてくるタイプ?
 こんな女に優しくされる筋合いは無いし、自分の事は自分でしなきゃ……。
「い、いたいところ、だらけだ……けど……、大丈夫……」
 骨はやってない、かな?
 アタシは仰向けに寝かされたまま、まず両手の指を、そして手足を動かして、細いところから太い骨、関節の動きを確認。動く。いちおうは五体満足っぽい。
 はっ! そんなことより!
 がばっと起きてショーゴのコンピュータを探す。あった、すぐ脇の床に置いてある。壊れてない、よね? ぱっと見た感じボディがへこんでるようには見えないけど……。
「ちょっと、すぐ動かないほうがいいわよ。膝から血が出てるのわかってる?」
 そういわれて気が付いた、膝小僧を擦りむいたらしい。アタシは膝を曲げ、膝頭に手を触れてちょっと動かしてみた。
「大丈夫、お皿は割れてない」
「大丈夫じゃないでしょ! 血がでてるのよ!?」
 このぐらい平気なんだけどなあ。
「ちょっと待ってなさい」
 そう言って、女は立ち上がり自分の物らしいバッグを持ってもどる。その中から粘着性の絆創膏をとりだし、アタシの膝小僧に貼ってくれた。
「年代物。まだ薬効成分残っているかわからないけど、ばい菌が入るよりいいでしょう」
「ピンク……花柄だ……」
「フフフ、可愛いでしょう?」
 なんだかわかんないけどこれでまたアタシの血圧が上がる。
 一体なんなのこの女! マジむかつく!
 優しくされたって、絶対、気を許したりなんかしないんだから!!

格納庫

 重いコンピュータを抱きかかえて階段から落ち、あとから聞いた話では気を失ってもそのピーシーというやつを離さなかったそうだ。えらいぞアタシ。まあそれはいいんだけれど、おかげで背中だけじゃなくて胸や腕も痛い。アザになってるかも……。
「まあ、いいんだけど……」と口の中で繰り返す。
 あのクソ女は「女の子なんだから!」ってバカの一つ覚えみたいに何度も言っていた。だから何よ。がさつで悪ぅございましたね。アンタなんかゴウ先生と心中しようとしたくせにさ。と、その場では思ったけれど言わなかった。やっぱりえらいぞアタシ。
 そして、ほんっとに重いソレを抱きかかえて、えっちらおっちらと家までたどり着く。
 玄関先にドカっと荷物をおろし、柱時計を見たらうわあ、もう飛ばないとな時間だ! やばい、〈バイトアルト〉が戻ってきちゃう。
 次の周回で落とすって言ってた荷物、目視できなかったら大変だ!!
 アタシはボロ雑巾のような身体に鞭うって、配達用のバイクを持ち出して宇宙港までの砂利道をタイムアタック。たぶん最速記録を更新して、ふらつきつつも滑走路わきの格納庫にそのまま走り込んだ。
「おぉ~、来たなぁー。浮き下駄つけといたよーぅ」
 とゲンさん。発明家だったじっちゃん直伝のメカニックの腕で、ペラ子の整備をしてくれている。朝頼んでいた浮舟(フロート)をつけて、ペラ子を水上機に変身させてくれていた。二艘式のポンツーンは跳ね上げ式になっていて、ちょうど機体胴体に密接するようになっている。空力を稼ぐのと、今みたいに地上に置いてあるときは車輪のほうが下に来るので、普通に滑走できる便利な装備だ。
 水陸両用になるのでつけっぱなしでも良いのだけれど、やっぱりちょっと重くなるから水に降りることがない時は外しているんだ。
「ありがとー、たすかるよー」と言いながら壁のロッカーからつなぎを出して着込む。いちおうは女の子なので、パーテーションの裏側でこそこそと。ちょっと鏡の前で前をはだけてみると、将来性が見込まれるサイズの胸……の、間に下げたペンダントのまわりが黒ずんでる、あー、やっぱりアザできてら。まあ、いいんだけど、ね! 見せる相手がいるわけじゃないし!
 防寒用のジャケットを羽織り、フロートを踏み台がわりにしてペラ子に乗り込む。
「じゃ、このまま出るねー、だいじょぶー?」と外のゲンさんに聞くと、
「まてまて、まだペラ回すなや!」と叫び返される。散らかっている工具や備品をかたづけないでエンジンを掛けると、あとで大変なことになるんだ。
「ガス入ってるでしょ。ごめん、待てない。急ぎなの! あとで片づけるから!」
 始動前のお作法にしたがってスティックをめいいっぱい左右にふる。舵翼が抵抗なく動くことを目視確認。
 すると、機外では諦めたふうなゲンさんが毒づきながら吹き飛びそうな紙類をかかえ、扉をひらいて整備用の車止めフックを外しにかかってくれた。ありがとう。帰ったらお礼するから!
 前後に障害物が無いことを再度確認して、方向舵を右に倒し、アタシはEGと書かれたセルスタートボタンを押した。
 一瞬とまどうふりをみせてから燃料圧計のランプが灯り、水平六気筒エンジンが咳をし、排気口から白い煙をどっと吹き出す。
 ブルンとふるえた後にプロペラが正方向に回り始め、自分が吐き出したばかりの白い息を後方に吹き飛ばしていく。
 ババ、ババババ、バババババ……。
 パーキング・ブレーキをリリース。舵を戻して、格納庫のドアを抜ける。いちおう何も引きずっていない事を確認。もう目の前は滑走路。本当はタキシングウェイを下って滑走路の端まで遠回りして行くルールなんだけど、横着をしてショートカット。ちょっと雑草の生えたグラベルをつっきり、滑走路の途中にペラ子を持っていく。こんな長い滑走路、この子には必要ないからね。アタシはそのまま海側へ向きを変えて、すぐにスロットルを全開にした。

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