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「自由の国の感染症」評の下書き

以下をFacebookに投稿しました。
もう少し読み直して推敲し、Amazonレビューにしようと思っています。

【これは面白い】
畏友・西村 公男先生に御恵投頂きました。御多忙な中、このような訳業をなされたことに感服致します。ほんまようやるなぁ凄いわ、という感想。
また、みすず書房が本書の価値を理解して出版したのもポイント高いと思いました。将来的には講談社学術文庫でトクヴィル「アメリカのデモクラシー」の横に並ぶべき基本図書ではないでしょうか。

著者のトレスケンはピッツバーグ大学経済学部教授(在職中の2018年に没)、当然Covid-19 pandemic前に書かれた書物であるにもかかわらず、読んでいてそのことを忘れるような指摘があちこちにあります。というか、アメリカにおける今回のpandemicのおおまかな帰結は、過去の「感染症とアメリカ」を辿れば十分に予測可能な話であったとも言えます。大統領が◯◯だから、とか、検査がふんだんに行えるから、とか、日本と違ってCDCが、とか、ワクチン開発がWarp Speedだから、とかは全く関係なく、感染症に「負けるべきところで負けて」いて、それはアメリカという国の成立過程にinbuiltされている必然であると、本書で論じられていることを敷衍すると感じられます。

「アメリカは豊かで自由であったにも関わらず天然痘の罹患率が高かったのではなく、豊かで自由であったからこそ天然痘の罹患率は高かった」
"the United States was often less healthy than comparable European countries “not despite its being rich and free, but because it was rich and free."

トレスケン教授(Werner Tresken)について、本業での業績を全く知らないのですが、経済学の本で初心者を怯ませる数式は本書には全く顔を出さず(グラフはあります)、ナラティブな記述で非常に読みやすいです。
一方で、凝ったレトリックはなく、理系脳でもすんなり頭に入ってくると思います。「主たる論点は………であり、この仕組みの特徴は4つある………」みたいな。

なによりも訳文の自然な日本語が素晴らしいです。訳語の選択が注意深く、例えば本書原題"The Pox of Liberty"は4章のタイトルでもあるのですが、本の題としては「自由の国と感染症」、4章タイトルとしては「自由という伝染病」となっていて、頷ける訳語と思います。

本書の柱となるテーマのひとつに「公衆衛生政策の暴力性」があり、それはCovid-19下のわたしたちが実感することでもあります。
著者のトレスケン教授はあくまで価値中立的な書きかたですが
公衆衛生当局者が、社会を支配している偏見や先入観に基づいて行動してしまう可能性があるなら、個人の権利や自由を保護する仕組みが必要なのは明らかである。むろんそのような保護の代償として、公衆衛生当局者が不適切な政策を実施する権限は制限されると同時に、効果的で望ましい政策の採用や実行も遅れてしまう(p15)」
このあたり、医療従事者としてはヒリヒリと響くところです。

以上ざっと目を通した感想で、御恵投頂いたにも関わらず「布教」目的で購入してしまいました。
扇情的惹句〔「Covid-19禍を予見する!」とか〕付きの帯も推薦文も無いのには好感を覚えますが、良書が駆逐されやすい現状で、広く一般の読書人の目に留まるにはやや地味な雰囲気なのが気になります。
ぜひご一読ください。

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