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「スカイツリーまで歩きましょう」後輩は言いました。

人と食事をするのが好きです。
らるです。

先日、後輩と食事に行く機会が
ありました。

「あ、この時間、いいな…」と
思える時間を過ごせましたので
その時のことを紹介します。


その日は、私と後輩2人の3人で
焼肉を食べに行きました。

肉をお腹いっぱいに食べ
お互いの近況を報告しあい
仕事の愚痴なんかも吐きながら
楽しい時間をすごしました。


時間は午後9時

ふつうなら、2次会にでも
いくところなのでしょうが

そこで後輩の一人が
言い出したわけです。

「スカイツリーまで歩きませんか?」

一応、見えてはいるので
全く歩けない距離では無いのでしょうが
少なくともすぐにつくとは思えません。

着いたところでやることもありません。
(当然しまっていますからね)

でも…

「よし、行くか!」

と、私たちは3人で歩き出しました。


「ホントに仕事はできなくてもいいけど
 仕事ができる人だと”思われたい”んですよね」

「昔の彼女が置いていったものが捨てられなくて…」

「結婚したけど、合コンやりたいです!」

「ちょっとスカイツリー近づいてきましたけど
 雲に光が反射しててきれいですね!」

…本当に、とりとめのないことを
ひたすら話ながら、夜道を歩き続けました

気温はちょうどよく
人もまばらで静かな中を
ちょっとした夜景を楽しんだり
川沿いの自然を楽しんだりしながら
ただ、歩きました


この時間が、私には
とても心地よかったんです


地図もろくに見ず
ただ、目に見えるスカイツリーの方向に
向かって行ったので
全然最短ルートになっておらず
結局、2時間弱くらい歩きました



きっと、ここまで読まれた方は

「バカなことをしてるなぁ」
「そんなに歩いて何の意味があるの?」

そう思った方も
多いと思います。

ただ、私はこういった
「何気ないこと」で感じる「心地よさ」こそが
「生きる意味」なんじゃないかとも
思うんです

以前の

「人の生きる意味」に関するnoteでも
書きましたが


ただ、その一瞬のために生きる
他の人が
社会が
生物としての本能が

どんなことを要求してきても
それは関係ありません。
今の私が「いい」と思ったらいいんです。

もし、その一瞬に
「ああ、イイなぁ」と思えたのなら
それでいいんです。

それを、他人がどう思おうが
関係ありません。


あらためて、そんなことを感じた体験でした。

皆さんにも、こんな時間はありますか?

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