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滅び行く"軍艦島"を悼んで

私は、未来に、過去を見ているのです。

それは、私の脳裏を時折過ぎる島。
今は廃墟となった、軍艦島と呼ばれる島。

今よりも、ずっと、
男女の役割も濃かった、昭和の時代に。
炭鉱を掘るがために、
名うての企業が築いた、孤島の上の街。

手狭な土地に、密集する部屋、家族、人々。
さぞかし暑苦しくて、
雑踏で人を避けるのも大変だったでしょう。

採掘という重労働に、
見合うだけの"お給金"。
男たちは身を粉にして働き、
女たちはそれを支え、子を育て。

そんな生活が、果たして幸せだったのかは、私には分からないけれど。

それは現代の基準はおろか、
当時の基準でさえ。
ブラックと言って、差し支えない、
過酷な環境で。

今調べれば、決して美しくはない、
人の業が為した記録の数々。
人は、どこまで醜くなれるのだろう。
いいえ、どこまでも、なれる。

けれども。そこには活気があった。
旺盛な需要と供給に、潤う企業があった。

都心を凌駕する人口密度に、
ひしめきあう人々は。
それでいて、生気にあふれ、
"今"を生き、"未来"を見ていたかのよう。

記録に残る、写真の中の人々の顔には、
不思議と力があって。


その軍艦島も、今や人影もなく。

割れた窓ガラスに、
黒板や机が散らかったままの、小学校。

崩れ落ちたコンクリートに、
海風に吹き晒される鉄筋。

座れそうな椅子はあれど、
そこで教科書を開く、
児童の声は聞こえない。

見上げれば、あれはきっと。
寄って集まって作ったのね、
図画工作の忘れ形見。

欲望が尽きた果ての世界で、
無骨な残骸だけが。
かつてそこで、
健気に生きた人々が居たことを、
時を越えて、伝えている。

青々とした海に、
遮るものもなく照りつける太陽。
涼やかな風が、
いっそう島の風通しをよくする。


それはそれは、澄み切った空気。


一つの時代の、終わり。
幕を閉じた歴史の証。

私が、「滅び」と呼ぶもの。

私は、過去に、未来を見ているのです。

日本と呼ばれた国は、
もうまもなく滅ぶでしょう。

異論こそ望ましや。
けれど、偽りの希望など、
何になりましょう。

だから私が言いましょう。


滅ぶ。


そこには人々が居た。
人を想い、未来を想い、
今を生きた人々が、居た。

苦しみや嘆きの中にも、
楽しみや喜びを見出しては、
日が暮れて、また夜が明けて。

島とともに、鼓動するかのように、
人は、生きていた。

いまや誰も居ない孤島が、生い茂る木々が、
失われた存在を、暗に、私に訴えかける。

ええ、そうね。
終わりがあれば、始まりがある。

だから。私は言いましょう。
やがて来るその日の前に。


どうか、安らかに。


私は、夢を見ているのです。
そう、これは夢。
起きれば覚める、ただの夢。果て無き、夢。


人の子よ、それでも向くんだよ、前を。
魂を燃やして、前を。


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