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【ホラー】あるはずのない事件

 今日は家族で遊園地に遊びに来た。
 遊園地で遊ぶのは1年ぶりくらいだろうか。もうすぐ小学生になる娘たちも興奮を隠しきれないようで、キャアキャアとはしゃぎながら私の前を歩いている。
 しかもなんとこの遊園地は今日がオープン初日なのだ。東京ディズニーランドの1/10程度の広さとはいえ、近場に久々に出来た遊園地ということで皆楽しみにしていた。
 オープン初日で入場ゲートも長蛇の列が出来ていたが、私たち家族は知り合いから貰った優待チケットがあったので待ち時間なしで入場できた。

 最初のアトラクションは、娘たちのたっての希望で観覧車に乗ることにした。
 それにしてもいい天気だ。観覧車のてっぺんまでくると市内が一望できる。
「あっ、見て見てー! 次あれに乗りたーい!」
 娘たちが指差したのは場内の池に浮かぶ足漕ぎのスワンボードだった。確かにこの陽気だし、岸辺の桜を見ながらボートに乗るのは気持ち良さそうだ。まぁボートを漕ぐ役目の私に景色を楽しむ余裕があるか分からないが。
 やれやれ、まぁ娘たちの喜ぶ顔を見られるし日頃の運動不足も解消できるし一石二鳥か、と思いながら池を眺めていると、妻が「そういえば」と呟いた。
「知ってる? この遊園地の噂話」娘たちはボートの後に何に乗ろうかと相談しあっていて妻の言葉は聞こえていないようだ。
「白いワンピースの女の子の幽霊が出るんだって。なんでも何年か前にあそこの池で溺れて亡くなった女の子だって」
 僕は妻が一体何の話を始めたのか理解できなかった。
 何故ならこの遊園地は港の埋立地に出来たばかりで、池も遊園地の造営時に作られたものだからだ。なので女の子が溺れるような池なんて数年前には影も形もあるはずがないのだ。
 まぁ娘たちを怖がらせようという魂胆なのか、それにしてもすぐに分かってしまうような作り話を、しかも娘たちが他の話に夢中になっているタイミングでしなくても良いのに、と少し笑ってしまった。

「白い女の子が現れたら、そのアトラクションでは事故が起きるらしいよ」と今度はスワンボートに乗っている最中に妻が言い出した。
「へー……、それは怖いね……」僕はとりあえず返事をしたが、それよりもペダルを漕ぐのに必死だった。またもや娘たちは後ろの座席に座っていて、前の席で僕と一緒にペダルを漕いでいる妻の言葉は聞こえていないようだ。
 それにしても怪談ほどこの春の陽気に似合わないものもない。せっかくならもっと落ち着いた場所で話せばいいのに。
「ねーお母さーん! 次はあそこ行きたーい!」上の娘がボートから身を乗り出してミラーハウスを指差した。
「はいはい、ちょっと! 落ちるよ! 気をつけて!」と妻が娘に呼びかけた。

「女の子はこのミラーハウスから出られなくなって、ずっとこの中を彷徨ってるんだって……」
 ミラーハウスを探検している最中、またもや妻が白いワンピースの女の子の話をしだした。
「俺はいいから、その話は子ども達にしてあげてよ」と僕は笑いながら言った。
「ねー! 何の話ー?」と下の娘が僕と妻の間に割って入りながら聞いてきた。
「何でもないよ。ほらあっち行こう」と妻が娘を連れていった。
 それにしたって何故妻は僕にずっと白いワンピースの話をしてくるんだろうか。僕は別にそういう話が好きなわけではないのだが。

「女の子は食べてたサンドイッチに毒を入れられて死んじゃったんだって」
 今度は木陰のテーブルでランチを食べている最中だった。流石に飯を食っている最中にこの話は趣味が悪い。どうしたんだろうか、どうもいつもの妻じゃないような気がしてきた。
 とはいえアトラクションに乗っている時は娘たちと一緒に楽しんでいるし、今も気分は悪くなさそうだ。

 その後も「ブランコの紐が切れて落ちて死んじゃったらしいよ」「暴走したゴーカートにはねられたんだって」「メリーゴーランドが突然高速回転して壁に打ち付けられたんだって」と次から次へと女の子の話が出てくる。
 それにしたってこの女の子は一体何回死ぬのだろうか。もはや不死身なのか。
 何度も事故に遭う女の子が不憫になってきた頃、娘たちが「あれに乗ろう」と言い出した。
 ジェットコースターだ。

「女の子が乗ってる時にね、ジェットコースターのレールが外れちゃったんだって」
 ジェットコースターに乗り込んで、発車を待っているタイミングで妻がまた話し始めた。
「そしたらまた死んじゃったの?」と僕は冗談めかして聞いた。
「もう。話の腰を折らないでよ」と妻は怒った。
「女の子はね、お母さんとはぐれちゃって高いところからお母さんを探すためにジェットコースターに乗ったんだって」と妻は続けた。僕は高いところから人を探すなら観覧車の方がいいんじゃないか……などと野暮なことを考えたが今度は黙っておいた。
「でもね、一度乗っただけじゃ見つからなくて、女の子は何度も何度もジェットコースターに乗るの。それでも見つからなくて、女の子はとうとうシクシク泣き出してしまうんだって」
「可哀想だね」と僕は相槌を打った。それにしたってジェットコースターの係員も女の子が一人で何度も乗っていたら変に思うんじゃないか。
「それでね、女の子はこれで最後にしようと思って、一番前の席に乗ったの」
 そこで僕はふと気がついた。何だかすすり泣くような声が聞こえる気がする。
 周りを見回すと、どうも先頭に乗っている女の子が泣いているようだ。気分でも悪いんだろうか。
 係員を呼ぼうとして、僕はハッとした。
 女の子の着ている服が白のワンピースなのだ。しかもぐっしょりと濡れている。

 ジェットコースターの発車のカウントダウンを聞きながら、僕は先頭の女の子から目が離せないでいた。


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