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ままならないから私とあなた

どちらも、考え方が違う二人を描いたストーリー。
「レンタル人間」…一目惚れした女性がレンタル業をしていると知り、人間同士のありのままの関係の素晴らしさを教えようとする男。元体育会系出身で、男同士の裸の付き合いや会社の先輩とのなんでもさらけだせる関係に陶酔している。
「ままならないから私とあなた」…小学校からの幼馴染であるユッコと薫。薫は効率的で先進的なことを重視する一方、ユッコはそういう技術的なことの中では”人間らしさ”はない、その中にこそ美しいものがあると考える。

共通点は、二人の中の考え方の違いがわりと対極なこと。

体育会系の部活動ならではの青春を送ってきた雄太は、人間をレンタルして何かしらの役を演じさせるなんてことは到底理解できない。高松は現代の希薄な人間関係の中で人間のレンタルをする側の気持ちもわかるから、演じている。

この男の考え方は熱苦しい、押し付ける部分があって嫌だった。自分はたまたまそういう環境にいてそういう部活に入っていてそういう先輩後輩の上下関係にも恵まれてそういう上司と気軽に風俗行けて、って。その「たまたま」のレールに乗れず、苦しんでいる人達を「なにか過去に辛い出来事があったんじゃないか」「救いたい」の一心で、信じて疑わないのところ。こういう人種がいるから、レンタル人間をする人達が出てくることをわかっていない。
作中の高松の台詞「信じられないくらい傲慢だよね。俺が脱いだからお前も脱げよって、知りませんってかんじ」
本当にこの一言に尽きる。本当にエゴ。本当に傲慢。

ただ「ままならないから私」を見ると、こういう現代だからこその温かみもなくしてはならないという、ある意味の矛盾した感情が生まれる。
ユッコは無駄なものや非効率的なものの中でしか生まれない感情や大切なものがあると考え、それを自分がつくる曲にのせてきた。
雄太とちがって熱苦しい考えを押し付けるわけでもなく、だけど幼馴染の薫との小さな違和感を抱えているユッコ。
ラストの二人が話しているシーンは、どちらの言いたいことも理解できる。
アーティストのLIVEは生で観たいし、旅だってバーチャル体験ですむ時代でも公共交通機関乗り継いで現地に行って疲れたいし、好きな人に直接触れることでしか得られない幸せって絶対ある。
薫はそれに対して「自分にとって都合のいい新技術とか合理性だけ受け入れて、自分の人生を否定される予感のするものは全部まとめて突っぱねるって、そんなのずるくない?」と言った。

そういうことじゃないんだよな。

便利な世の中になった今。
あるべき便利なものは必要ならば使うべきだと思うし、現代はそういうものに頼らないと正直人並みの生活なんでできないし。
だけど先に挙げたような、LIVEとか旅とか恋愛とかそこに至るまでの過程でしか得られないものも確かにあって。むずかしいなーと思った。
どちらかを捨ててどちらかを選ぶじゃなくて。
”共存”をしていくしかないんだなぁ、と。

「レンタル人間」では雄太の愛だ熱血だの考えが鬱陶しく思って、「ままならないから私とあなた」では薫の機械的な冷め具合に引いて。

この対極な二人の考えの、どこらへんに自分の考えがあるのかでこの一冊の感想は変わる気がする。

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