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『英雄』

車内の静寂を、一匹の迷い蝉が切り裂いた。

乗客たちに何とも言えぬ緊張感が走る。


一人の青年がすくりと立ち上がると、

優しい掌で蝉を易々と捕まえて、窓の外へと放した。

もう一人の青年は、あの蝉がこちらに来ないことを切に祈り、

英雄の振る舞いをただただ見ていた。


自らの無力さと愚かさにハッと気付いた青年は、

それに蓋をするように、そっと目を閉じた。

降りる駅を乗り過ごした。

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