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AI時代の労働と資本: 分配の新しいパラダイム


1. はじめに 

 高度なAIの普及により人間が担う労働が減少するという説が様々なメディアで展開されています。AIの発展によりこれまで人間が担っていた労働は相対的にAIにシフトしていくことは確実ですが、その後の労働市場・社会福祉の在り方については定かではありません。 

 本稿ではAIが労働の中心に据えられた未来の「分配」についての考察、投資家の取るべきアクションについて整理いたします。 

2. 労働の終焉: 新たな分配構造へ

 「働かざる者、食うべからず」という言葉があります。これまでの社会常識ではごく当たり前に受け入れられてきた価値観でしたが、AIが産業の隅々まで普及した場合、私たちは労働と分配の価値観を考え直す必要があるかもしれません。 

 歴史を振り返ると新技術は新産業や職種を生み出してきました。AIも例外ではありませんが、AIの場合には合理化・自動化の影響があまりにも大きく、労働市場全体で捉えた場合、失われる雇用の方が新たに生み出される雇用よりも格段に多いという懸念が生じています。 

 現状のAIはまだまだ発展途上であること、高額な投資が必要であることから一部の先進的な業種から徐々に導入されている状況です。しかし数年以内には平均的なAIのレベルが格段に上昇し、AI導入コストが大幅に低下することが予測されることから広く普及し始めると考えられます。 

 AI導入コストがホワイトカラー労働者のコストを明確に下回り始めたタイミングで、中級程度のスキルを持つ労働者の需要が急激に喪失することが予測されます。例えば、会計やデータ入力などの業務は、AIによる自動化の対象となりやすい分野です。 

 具体的には、最近の研究ではAIが会計業務の約80%を自動化できると推定されています(出典:国際労働機関、2023年)。また、中級スキルを要する顧客サービスの職種では、チャットボットやAIベースのサポートシステムが人間のオペレーターを補完し、徐々に置き換えている実例が増えています。

 このような動向は、AI導入の初期コストと維持費が従来の人件費よりも低下するにつれ、より顕著になると予測されます。特に、AI技術の高速な進化とコスト効率の向上は、中級スキル労働者に対する需要減少を加速させる主要因となっています。 

 AIの普及がもたらす社会的影響に対処するため、教育制度の見直しと生涯学習の推進が不可欠です。具体的には、AIやデジタル技術に対応したスキル教育を小学校から大学、社会人教育までの全ての段階で組み込むことが重要です。

 また、AIに置き換えられにくい創造性や人間関係スキルを強化するカリキュラムの開発と普及を急ぐべきです。これにより、将来の労働市場で求められるスキルセットに対応し、人間とAIが共存する社会の実現を目指します。 

 次いでAI導入コストがブルーカラー労働者のコストを明確に下回り始めたタイミングで、熟練技術を要する特殊な業種を除く、様々なブルーカラー労働者の需要が急激に喪失することが予測されます。 

 前者はソフトウェアとしてのAIがホワイトカラー労働者の損益分岐を超えたタイミングで、後者はロボット(ハードウェア)としてのAIがブルーカラー労働者の損益分岐を超えたタイミングで訪れます。ソフトウェアAIによる代替は早ければ数年以内に、ロボットAIによる代替は10年程度のスパンでやってくるかもしれません。 

 こうなると人間が労働者として活躍できるフィールドは益々限定されます。人間がAIに勝る領域はイノベーションとコミュニケーション領域に限定されるかもしれません。AIには困難な、無から有を創出するゼロイチの創造活動が、人間には依然として大きな価値を持ち続けます。 

 多くの場面で人間労働者の生産性がAIの劣化版となってしまった場合、どのような変化が訪れるかを考えます。まず失業者が大量に発生することは想像に難くありません。これまで労働者は同時に消費者でもありましたが、AIの普及によりこの等式は成り立たなくなる見込みです。これは購買力を有する消費者の消滅を意味します。 

 つまり国民の購買力が著しく低下した状態であり、企業は財やサービスを生産しても売れなくなり、負のスパイラルに突入する可能性が高いということになります。結果、大半の企業業績は悪化し、経済成長の低下することが予測されます。 

 加えて失業者の増加により社会保障制度が耐え切れなくなり、破綻するリスクが顕在化します。AIとBI(ベーシックインカム)が同時に語られるケースが多いのはこのような背景からです。 

 これまでの経済システムは「労働」を分配の条件としてきました。しかしAIが人間が担う労働を駆逐してしまったら、分配不全による社会不安・混乱が発生する恐れがあります。 

 AI時代にはこれまでの「働かざる者、食うべからず」という価値観を改める必要があるかもしれません。これまでは分配の対価は労働でしたが、今後は対価としての労働を提供出来る人は限られたスキル・能力を持つ優秀な人に限定されます。 

 AIの影響が社会の一部に留まり、労働喪失が少数であれば「自己責任」で済ますことも出来ると思いますが、仮に過半の労働者の労働需要が消滅する事態となった場合には、自己責任論では済まないインパクトがあります。 

 技術の発展により国民の過半が「無職状態」というのは笑えない冗談です。本当に冗談で済まされればいいのですが、このようなシナリオに突入する可能性も一定レベルで存在します。もちろん政府の介入もあるのでメインシナリオではないと思いますが、無視できない程度の可能性はそれでも残ると思います。 

近代・現代において「富の分配」の条件に「労働」が紐づけられる形で社会がデザインされてきましたが、高度なAIの台頭で人間労働が不要となる社会においては、労働以外の適切な分配の対価を考える必要があります。 

これまで:労働=分配の対価
これから:〇〇=分配の対価

 労働が分配の対価となり得るのは、労働が社会的に一定の価値を有す活動に他ならないからです。であれば将来、私たちは労働以外の方法で分配の対価として価値提供を求められることになるかもしれません。(色々考えましたが、〇〇が何であるかはまだ分かりません。今後の調査テーマとして引き続き検討します) 

 労働に代わる〇〇を通じて社会(他人)に付加価値を提供可能な方はAI時代でも心配は要らないかもしれません。問題は誰に対しても価値創造が困難な一般層であり、これらの層は何を根拠に分配を要求するのかが課題となります。 

 これまでの発想の転換としてBI(ベーシックインカム)論が存在します。BIは分配に対価を求めない新しい価値観に基づいた社会福祉政策の一環です。従来と大きく異なる点は分配に対価を求めないことです。 

 伝統的な価値観からは釈然としない部分がありますが、AI時代には「貢献なくても分配あり」という新しい価値観が定着するかもしれません。BI論には財源論が付いて回るため一筋縄ではいきませんが、これまでは理想論で片付けられていたBI政策が現実味を帯びてくるかもしれません。(私はBI政策には消極的です。可能であればBIに依存しない〇〇の探求を続け、それぞれが何らかの役割を担う社会が望ましいと考えています) 

働かざる者、食うべからず(左)と貢献なくても分配あり(右)を示す図

 仮にBIで生活する人口が多数を占めるに至った場合、人類の分断はかつてないなど大きなものとなるかもしれません。有史以来、人間は共同体の中で常に何らかの役割を担っていました。 

 産業革命以前、大部分は農業に従事していました。産業革命以後は工業化が加速し二次産業にシフトし、大戦以降は三次産業が発展を遂げました。それぞれの時代において人類は社会(共同体)において何らかの役割を担ってきました。 

 しかしながら、AI時代の到来によりパラダイムシフトが訪れるかもしれません。何の役割も担わない層の大量発生です。これは有史以来なかった出来事です。「働かざる者、食うべからず」は新約聖書にも同様の一節が記されていたと言われています。 

 非常に冷酷な表現かもしれませんが、分配の対価を支払わずBIで生活する方は家畜以下の価値なのかもしれません。牛・豚・鳥は家畜として最終的に消費されることで生態系の一部として大きな価値を提供します。 

 しかしながら、分配の対価を支払わずBIで生活する方は誰に対しても、何の価値も提供していないことになります。歴史上、一方的なテイカー(奪うもの)の存在は許されてきませんでした。これは当たり前です。誰もがテイカー(奪うもの)では社会(共同体)が成立しないからです。 

 AI時代はこれまでの人類の大原則を覆すような社会モデルが構築される可能性が存在する大きな転換点となります。どのような社会デザインが正しいのかは分かりませんが、近い将来、私たちは大きな分岐点に立ち、重大な決断を迫られることになるかもしれません。 

 これほどまでに技術が発展する以前は、選り好みさえしなければ誰もが何らかの形で共同体に貢献することが可能でした。(過酷な単純労働含め)しかしながら、今後はそのような貢献の余地すら無くなる可能性があります。 

 AI以下のパフォーマンスしか期待できない人をわざわざ雇用するのは福祉目的の行政以外には存在しません。民間企業は合理化を進め、適材適所でAIと人間を配置します。今後、民間企業の効率性を図る指標として「AI比率」が採用されるかもしれません。 

これは業務のAI置換比率を示すもので、数値が高いほど効率的な経営が実現されていると評価される可能性があります。AI比率の向上は人間労働者の排除とイコールです。

 企業としては効率的な経営により利益を確保できますが、失業率が増加し、財・サービスの購入が可能な消費者の減少に繋がります。AIによる効率化が経済の縮小を招くトリガーとなる可能性があります。最終的に企業も影響を受け業績の低迷という形でしっぺ返しを食らうかもしれません。 

3. 未来社会の生存ガイド: 人とAIの共生

 前章ではAI時代における労働と分配の関係変化について説明しました。本章では個人として何が出来るかを考えます。多くのことがAI代替可能な世の中では人間固有の付加価値の発揮が難しくなります。そのような状況化において何が残されているのでしょうか? 

 現状「意思決定」はAIではなく人間にアドバンテージがあると思われています。しかしながら合理的に判断すると、会社の意思決定、政治の意思決定、行政の意思決定など、様々な組織における意思決定の現場にAIが入り込むシナリオが考えられます。 

 データや統計・確立に基づき、合理的な判断を下すのであれば人間よりAIの方が精度の高い判断が下せるような気がします。問題はこれらの「意思決定」に紐づく既得権益との利害調整です。 

 組織の大小は別として意思決定には様々な利害関係が付随します。政治などは顕著で既得権益層の抵抗が予測されます。正直、政策提案の叩き(原案)などはAIに作成させた方が利権を無視して中立的な案をデータに基づき誰もが納得可能な根拠を添えて提示してくれそうです。 

 しかしながら現実には能力的に劣る既得権益層がAIを排除しようと試みることが容易に想像できることから、意思決定の場面でのAIの登用には時間を要することになりそうです。 

 企業の内部で非公式の中立的なアドバイザーとしての活用は割と早く実現すると考えます。将来的に上場企業において「一般株主の代理人としてAI取締役に議決権を与える」というスキームが登場したら面白いと思います。 

 AIはそもそも自然人ではないし、権利義務の主体にはなれない・・・・など論点は色々ありますが、正式な意思決定フレームワークにAIを加える、という発想が必要なのかもしれません。 

 今後はAIとの共存を考えた場合、AIに任せた方が上手くいくことが増え続けます。私たちは自身とAIの能力を贔屓目なしで客観的に評価し、適材適所の選択を求められます。(プライドが判断の邪魔をするかもしれませんので、その辺りを含め新しい時代の価値観への適応が求めたれるのかもしれません) 

 これまでは優秀な人材の条件として「語学・資格」が挙げられてきました。今後はAIの発展により外国語の習熟・資格取得は無駄になる可能性があります。AIがより汎用的・専門的になる時代において、短所を補うような努力は無駄となる可能性が高いです。 

 短所を補うという発想は、平均以下を平均程度に引き上げる効果しかありません。この場合、多くはAIの劣化になることから限られたリソースを価値を有さないことに費やすことは人生の浪費以外の何物でもありません。 

 AIとの共存が求められる社会において、私たちは自身のリソース配分を見直すタイミングにあるのかもしれません。これまで同様の価値観に基づき努力を続けても、その先は行き止まりとなる可能性を認識する必要がります。 

 付加価値の創造は人間に残された数少ない貴重な活動になるかもしれません。今後、間は「問題発見・論点発見」に注力するようになり、その解決をAIが担うようになるかもしれません。 

 ゼロイチやイノベーション以外にも各分野の最先端の研究は引き続き人間が担う領域として残ると考えますが、そのような分野で活躍できる人材は一部に過ぎません。多くの一般層はAI以上の価値を発揮できる領域が徐々に失われることとなります。 

 私たちは今すぐにでも、ユートピアでありデストピアでもあるAI時代に備える必要がります。前章のBI論は広義にはAIが生み出す利益の社会的な配分に関する議論です。 

 AIが国家主導であれば利益の再分配は国が自由にすれば良いですが、民間資本で民間技術で利益を得た場合、その利益の再分配云に口を出す権限は国家にはありません。営利企業が獲得した利益は原理的に企業と株主に帰属します。 

 AI時代の大失業社会の到来へのヘッジは資本家となり、金融資本からの分配の仕組みを形成することかもしれません。資本主義が存続していれば、AI時代はこれまで以上に金融資本がセーフティネットの役割を果たすことになります。 

 AI技術の発展は倫理的な問題も引き起こします。たとえば、プライバシーの侵害や意思決定過程でのバイアスなどが問題となります。これらの課題に対処するために、AIの設計と実装において倫理的ガイドラインを定め、遵守することが必要です。政府、産業界、学術界が協力して、技術の進化を社会の価値観に合わせてガイドする枠組みの構築を進めるべきです。 

 AI時代には「働かざる者、食うべからず」が成立しなくなり、分配の対価としての労働という価値観を変化することになります。資本主義も今の形のまま存続しているか定かではありません。 

 抜本的に資本主義が再構築された場合、金融資本は無力となる可能性がありますが、現時点で出来るヘッジとしては最有力の1つです。人的資本の形を柔軟に変化させ、時代に合わせた付加価値を提供するよう変化させることと金融資本による資産バリアを構築することが不確実性に対するヘッジとなります。 

 人的資産の活用と比べると金融資産の蓄積の方が遥かに難易度が低いです。高度なAIが台頭する時代において人的資本を維持することは容易ではありません。初めから社会福祉を当てにすることは他人に生殺与奪を握られているのと同義です。 

 であれば投資家は金融資本を武器にAI時代に備えるしかありません。仮に高度なAIにより人的資本が棄損し無職状態に陥っても、投資家・資本家の立場で生き抜く道が残されます。 

 これまでAI時代の厳しい予測を示しましたが、AI時代は金融資産さえ十分であればこれまで以上に満足度が高い生活を送ることが出来るかもしれません。自身は趣味を追求しAIの恩恵を受けつつ、金融資本からの収益で生活をするというモデルが完成します。 

 これはFIRE民の生活パターンですが、人的資本の喪失を心配しなくてよい資本家にとっては恩恵が大きいかもしれません。問題は人的資本=生命線となる多くの人たちです。 

 先程示した通り大量の失業者が発生する可能性が存在します。先進国であれ、途上国であれこれまでの社会保障モデルが通用しなくなります。歴史上、人類は共同体の内部に大量の「無用者階級」を抱えたことはありません。 

 誰しもが何らかの役割を果たすことで共同体(社会)は維持されます。果たす役割が存在しない方が過半を占めたら、国家という共同体はどうなるのでしょうか?本稿の執筆にあたり上記の疑問が浮上し、色々と検討しましたが答えは見つかっていません。

二分された都市の風景がAIの発展による進化と無用者階級の誕生による社会崩壊を示す図

 歴史を振り返ると専制君主制・共和制・議会民主制など様々な統治形態が存在しました。貨幣経済の普及後、現代において経済モデルは資本主義が主流です。AIは資本主義の格差にレバレッジを掛ける効果が発生します。 

 現時点でも格差が様々な場面で叫ばれていますが、AI時代を市場原理で推し進めた場合、格差は現在の比ではないレベルまで拡大する可能性が高いです。それこそ社会主義に転換しなければ共同体が崩壊するかもしれない、という段階まで格差が拡大する可能性があります。 

 格差自体を否定する気はありませんが、国家という共同体の崩壊まで繋がるような格差に関しては対策が必要です。しかしながら単に資本家・富裕層の富を奪って貧困層に再分配するだけでは根本的には何も解消しない点に注意が必要です。 

 AI時代の貧者の問題は「共同体にとって価値を提供出来ないこと」なので一時的に富を分配したところで本質的な問題は何も解消されません。哲学的な問いとなりますが「人間はただ存在するだけで価値があるのか?」を人類全体として問い直す必要があります。 

 ただ存在するだけで価値がある、という結論であればその前提に則り、社会は再構築されることになります。そうではない場合、人類は過去に逆戻りし「奴隷制」が復活するかもしれません。 

 この場合「共同体にとって価値を提供出来ない人々」は古代ローマの時代の奴隷のように主人(市民)の所有物として扱われることになるかもしれません。「人権」の概念は歴史の中で様々な苦難を経て形成されてきましたが、共同体の前提が覆った場合にも有効でしょうか? 

 人類を「価値提供出来る人・出来ない人」に分け、それぞれを別種として取り扱う未来が訪れないとは言えない気もします。ホラーのように聞こえるかもしれませんが、この場合には小説の世界のように価値提供出来ない人は奴隷としてモノと同様に扱われるかもしれません。 

 経済が問題なく機能するのであれば衣食住を国家が保障しつつ、自由に生活するというシナリオも考えられますが、共同体貢献と対価の不在がネックとなります。

 性善説に立つのであればAIの恩恵が人類の隅々まで行き渡り、社会全体としてより高い水準に達すると仮定できますが、性悪説に立つのであれば埋めることの出来ない格差により、奴隷制の復活というシナリオも僅かながら考えられるかもしれません。 

 どう転ぶかわかりませんが、分岐点となる「シンギュラリティ」は意外と目前まで迫っているかもしれません。本稿が未来の労働・社会の在り方を考えるきっかけになれば幸いです。

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