見出し画像

技術と需要の狭間で:自己満足を超えたサービス開発の条件


1. はじめに 

 近年、事業者の自己満足に終始しているのではないかと思われるサービスに遭遇する機会が増加しています。特に新技術を活用したサービスにおいてこの傾向が顕著に見られます。新技術の活用自体は重要ですが、本来はまず需要(課題)が存在し、それを満たす(解決する)手段として適切な技術が選択されるべきです。 

 しかしながら、新技術の利用自体が目的化してしまい、消費者の需要や利便性が置き去りにされる状況が発生しています。往々にして外部の観察者はすぐにそのようなサービスの不要性に気付きますが、なぜか当事者は気付かないまま製品開発を進めるケースが後を絶ちません。本稿では、なぜ需要が存在しないサービスが開発されるのかについて整理し、考察を加えます。 

2. 需要を置き去りにした開発:ステーブルコインの事例から 

 「手段の目的化」という現象について、再度注目する必要があります。本来、技術はある目的を達成するための手段に過ぎず、技術自体に意思は存在しません。その技術が目的達成にとって最適な選択肢である場合にのみ採用されるべきです。 

 しかしながら、ビジネスの現場では手段と目的が混同され、新技術を利用すること自体が目的となってしまったプロジェクトが散見されます。これは一種の組織の陥りやすい罠とも言える現象です。 

 本来、企業のサービスは消費者の需要や課題解決を背景に存在します。これが正しい姿であり、このプロセスで開発されたサービスは改善を重ねることで消費者に受け入れられていきます。しかしながら「この新技術は素晴らしい、製品化すれば必ず成功するはずだ」というプロセスで開発されたサービスは、そもそも誰の需要も満たしていない可能性が高いのです。 

 2010年代のFintechの多くは、新技術を活用しながらも消費者の需要を的確に捉えていたため、利便性の高いサービスが多数登場しました。これにより、伝統的な金融機関も新たな対応を迫られ、結果として業界全体のサービス向上につながりました。 

 しかしながら、最近の動向を見ると必ずしもそうではない事例が散見されます。その一例として「ステーブルコイン」が挙げられます。法改正まで行って下準備を進めていますが、盛り上がっているのが一部の業界関係者だけという状況です。 

 ステーブルコインは元々、仮想通貨の交換・決済に用いられてきました。法定通貨を担保に疑似的な法定通貨として、仮想通貨取引の媒体に利用されてきたものです。これまで法的な整備が不十分であったステーブルコインにルールを設けた点については評価されるべきです。 

 しかしながら、それ以前に重要な点を見落としている可能性があります。それは一般市民の実需です。仮想通貨トレーダーの投機需要を満たす媒介としてのステーブルコインを、一般の消費者に無理に利用させようとしても普及は困難かもしれません。 

 消費者は既に「現金・各種電子マネー・クレジットカード・デビットカード・〇〇Pay」など、様々な決済手段を利用しています。日常生活を送る上で、さらなる決済手段を積極的に求めているわけではありません。 

 日本におけるステーブルコインは法定通貨(円)を担保に同額のステーブルコインが発行されます。電子マネーは事業者の破綻など一部の例外を除き払い戻しができませんが、ステーブルコインは払い戻しが可能である点が従来の決済手段との違いです。一般消費者の視点では、払い戻し可能な電子マネーのイメージで捉えても差し支えないかもしれません。 

 ただし、ステーブルコインにも発行元・運営元が存在する以上、どこかで利益を得る必要があり、結果として誰かがそのコストを負担することになります。既に複数の確立された決済手段が存在する中で、新たな決済手段が本当に必要なのかという疑問が生じます。 

 一般消費者から日常の決済場面でクレジットカードや〇〇Payではなくステーブルコインを使いたいという声を聞くことは稀です。そもそもステーブルコインという存在自体を知らない方が多数だと思われますが、「1SC=1円で決済できるコイン」と説明されても、既存の電子マネーや〇〇Payとの違いを明確に理解できる層は限られているでしょう。 

 これも事業者側の「革新的な技術であるブロックチェーンを活用して開発したステーブルコインは素晴らしいはずだ、これを製品化すれば誰もが決済で使うに違いない」という楽観的な思考が原因である可能性があります。もちろん、限定された用途で有用性を発揮する場面はあるかもしれませんが、ステーブルコインが汎用的な決済手段として広く普及する可能性は現時点では低いと考えられます。 

 ローカルステーブルコイン(特定の国や地域限定のステーブルコイン)ではなく、仮にグローバルステーブルコインが開発された場合には普及する可能性は十分にあります。過去にFacebookが発表して後に断念したLibra(リブラ)構想がその一例です。グローバルステーブルコインは外国為替の問題を解決しつつ、国境を越えた決済に伴う不便を解消するのに効果的である可能性があります。 

 消費者の大きな実需が存在することが明確な場合、製品化されれば普及する可能性が高いと判断できます。しかしながら、ローカルステーブルコインは多くの面で中途半端な位置づけにあります。既存の決済手段と比較しても特段の優位性が見出しにくく、各国の中央銀行が検討を進めているCBDC(中央銀行デジタル通貨)が登場した場合、下位互換となる可能性があります。 

 CBDCの方がステーブルコインよりも汎用性が高いことは自明であり、現金からの正当な進化形態であるCBDCに関しては、決済手段として徐々に普及していく未来が想像しやすいですが、中途半端な立ち位置にあるローカルステーブルコインには明確な未来像が描きにくい状況です。 

3. イデオロギーと技術の危険な融合:Web3の失敗から学ぶ

 近年で最も顕著な「自己満足≒手段の目的化」の事例として、Web3が挙げられます。2022年頃に大きな注目を集めましたが、2024年時点において、ビジネスセンスのある多くの人々はWeb3にあまり関心を示していない状況です。 

 2022年頃のWeb3は、メタバースやNFT(非代替性トークン)と組み合わされ、それぞれの技術や概念の問題点が複合的に現れていました。現在では、これらの多くが当初期待されていたほどの価値を持たないことが明らかになり、Web3推進者たちはAIとの相性の良さやシナジー効果を主張するようになっています。 

 Web3、メタバース、NFTに共通する点は、明確な実需が存在しないことです。事業者側の思い込みが中途半端な形(サービス)として広まったに過ぎない面があります。Web3は数年経った現時点でも正確に定義することが困難であり、一般にメディア等で解説される内容は必ずしも的確でない場合が多いです。 

 メタバースに関してはリーダー的存在であったMeta(旧Facebook)ですら既にその方向性を修正し、AIに注力するようになっています。未来の技術として期待はできますが、それは「メタバース」という漠然とした概念ではなく、既存技術の延長線上にあるAR(拡張現実)やVR(仮想現実)がそれぞれの用途で消費者の需要を満たしつつ実現していく可能性が高いです。何でもできる(かもしれない)メタバースは、実際には具体的な用途が不明確な空間に留まっている状況です。 

 NFTに関しては投機的な取引や詐欺的な事例が多く見られました。NFTは本質的には固有の識別子が付与された電子データに過ぎず、それ自体に本質的な価値があるわけではありません。一般に「絵画NFT」や「会員権NFT」という名称で販売されているNFTも、実態が伴っていない場合が多いです。 

 NFTは単にトークンを識別する固有のID(識別子)が付いたトークン(電子データ)に過ぎず、代替可能トークン(FT)と大きな違いはありません。それを特別なものとして扱い、リテラシーが不十分な層に売りつけるビジネスモデルが横行しました。 

 このようなビジネスモデルが長期的に持続することは困難です。既に市場規模はピーク時と比較すると縮小しています。一時期、高値で取引されていたNFTも、より高い値をつける次の買い手が見つからない状況に陥っています。これは「より大きな愚か者理論」(Greater Fool Theory)の限界を示している可能性があります。 

 多くのNFTの価値は「自分より高値で購入してくれる次の所有者を見つけること」に依存しています。これが実現できなくなった時点で、大多数のNFTは価値を失う可能性があります。インターネット上で簡単に見つかるような画像(GIF・JPEGなど)に対して高額な金銭を支払う合理的な理由を見出すことは困難です。 

 現時点でも「Web3にはWebの未来がある、情報の民主化が実現できる」などと主張する輩がいますが、そのような主張の妥当性については慎重に検討する必要があります。Web3のようなバズワードが過大評価される背景には、概念の「すり替え」が関係している可能性があります。 

 先ほど述べた手段の目的化によって技術自体を過度に重要視することの問題点に加え、Web3の場合には特定のイデオロギーの神聖化という側面も存在し、二重の意味で混乱を招いている可能性があります。 

 Web3の大義名分として掲げられることの多い「Webの民主化」「Web2(大手IT企業)からの個人の自由の回復」「インフラ・データの民主化」などは、一見すると理想的に聞こえますが、実態を伴っていない場合が多いです。 

 現在のインターネットは法的に特定の個人や団体の支配下にあるわけではありません。GoogleやAmazonのような大手IT企業が大きな影響力を持っているのは、消費者にとって便利なサービスを継続的に開発してきた結果であり、意図的な政策的優遇の結果ではありません。個人情報を含む各種データに関しても、利用規約に同意した上でサービスを利用しているのが実態です。 

 Web3は理想論と現実のギャップが大きい面があります。仮にそのような理想論が実現できたとしても、誰がそれを積極的に利用するのかという根本的な問題が残ります。Web3には明確な需要が存在しない可能性があります。事業者側の思い込みで動いているため、消費者の需要を満たすに至らず、具体的な課題の解決にも貢献しない「不要なもの」を生み出してしまう危険性があります。 

 よく見かけるWeb3サービスの「分散型〇〇」の多くは、大手IT企業の提供するサービスと比較して機能が劣る場合が多いです。イデオロギーに共感する一部の支持者であれば、多少の不便さを受け入れて利用するかもしれませんが、一般の消費者は、既に広く普及している便利で安価なプラットフォームを継続して利用する可能性が高いです。 

 このような基本的な市場原理を理解していない点が、Web3推進者の課題の一つと言えるかもしれません。2022年頃にWeb3を強く推進していた人々の主張には、批判的に検討すべき点が多く含まれていた可能性があります。メディアの報道を鵜呑みにせず、本質的な価値や実用性を自ら検証することの重要性が、この事例から学べるでしょう。 

 Web3という概念は、現時点では実態が不明確で、具体的な有用性が限定的である可能性があります。そのような不確実な概念に過度に時間を割くよりも、例えばAIの活用など、より実用性の高い技術の研究開発に注力する方が生産的かもしれません。AIは依然として発展途上の技術ですが、既に高い実用性を示しており、消費者の様々な需要を満たす可能性を秘めています。また、AIには明確で大規模な市場が存在しており、適切なアプローチを取れば、健全な形で事業を成長させることが可能です。 

4. サービス価値の3分類:需要の有無を見極める

サービスは大きく分けて「必要なもの」「必要かもしれないもの」「不要なもの」の3つに分類できます。これらの分類を理解し、適切に評価することが、効果的なサービス開発において極めて重要です。 

1. 必要なもの:

消費者の明確な需要が存在するものであり、適切に製品化すれば市場で受け入れられる可能性が高いものです。これらは既存の問題を解決したり、既知のニーズを満たしたりするサービスで、比較的リスクの低い開発対象と言えます。

 2. 必要かもしれないもの:

現時点では存在しないサービスですが、既存サービスへの需要を考慮すると潜在的な市場がありそうなもの、あるいは技術革新によってこれまで不可能だった付加価値の提供が可能になったものなどが該当します。可能性はあるものの、実際に市場に投入してみないと真の価値は分からないものです。この分類はイノベーションの源泉となる可能性が高いですが、同時にリスクも高くなります。

 3. 不要なもの:

需要が無く、仮説も成り立たないレベルにもかかわらず、開発者や事業者の思い込みによって製品化されたものです。前述のWeb3の多くの事例は、この分類に該当する可能性があります。これらのサービスは、開発リソースの無駄遣いになるだけでなく、企業の評判を損なう可能性もあるため、早期に識別し、開発を中止することが重要です。

 判断が最も難しいのは「必要かもしれないもの」です。一般消費者の想像力には限界があり、自分が本当に欲するものを正確に言語化することは困難です。馬車が主流であった時代に自動車を求める人はおらず、そこには革命的な発想の飛躍が必要でした。同様に、従来型の携帯電話(フィーチャーフォン)からスマートフォンへの移行も、多くの消費者にとって予想外の変化でした。 

 偉大な発明家や先見性のある事業家は、既存の想像力の壁を打ち破り、新たな価値観やサービスを消費者に提供します。このような試みが成功すると、人々の生活様式が大きく変化することがあります。

 例えば
- マイクロソフトがWindowsを開発し、個人向けパソコンが普及したこと
- アマゾンがEコマースとクラウドコンピューティングを先駆的に展開したこと
- アップルがスマートフォンを開発し、複数の機器の機能を1つの端末に統合したこと
- Meta(旧Facebook)がSNSを普及させ、オンラインコミュニケーションを変革したこと

 これらは、当初は「必要かもしれないもの」として始まり、後に「必要なもの」として社会に定着した好例です。現在の大手IT企業は、かつては検証されていない「必要かもしれないもの」を提供することで消費者の潜在的な需要を喚起し、それをインフラレベルにまで発展させたことで、現在の繁栄を築いたと言えるでしょう。 

新しいサービスや製品を開発する際には、この3つの分類を意識し、特に「必要かもしれないもの」の可能性を慎重に検討することが重要です。同時に、技術の目的化や自己満足に陥ることなく、常に消費者の潜在的なニーズや社会的な課題解決を念頭に置いた開発が求められます。 

5. 結論:効果的なサービス開発に向けて

 新技術や革新的なサービスの開発は重要ですが、それらが真に価値あるものとなるためには、以下の点に注意を払う必要があります。 

1. 消費者のニーズを深く理解し、それに基づいた開発を行うこと
- 市場調査やユーザーインタビューを通じて、潜在的なニーズを掘り起こす
- 既存のサービスの不満点や改善点を分析し、それを解決する方法を探る

2. 技術自体ではなく、技術がもたらす価値に焦点を当てること
- 技術の特性や新規性よりも、その技術が解決する問題や提供する価値を重視する
- 「この技術を使いたい」ではなく「この問題を解決したい」という姿勢で開発に臨む

3. 既存のソリューションと比較して、明確な優位性を持つこと
- 競合分析を徹底的に行い、自社サービスの差別化ポイントを明確にする
- 単なる機能の追加ではなく、本質的な価値提供の違いを追求する

4. 長期的な持続可能性と社会的影響を考慮すること
- 短期的な利益だけでなく、長期的な市場の変化や社会のニーズを予測する
- 環境への影響や倫理的な側面も考慮に入れ、持続可能なサービス設計を心がける

 5. 市場の反応に柔軟に対応し、必要に応じて方向性を修正する準備があること
- 初期の仮説にこだわりすぎず、ユーザーフィードバックに基づいて迅速に改善を行う
- ピボット(事業転換)の可能性も常に視野に入れ、柔軟な対応を心がける

 これらの点を考慮しながら開発を進めることで、真に価値のあるサービスが生まれる可能性が高まるでしょう。最後に、イノベーションと実用性のバランスを取ることの重要性を強調したいと思います。 

 新しい技術や概念に挑戦することは重要ですが、それが実際のユーザーニーズや市場の要求と乖離しないよう常に注意を払う必要があります。真に革新的なサービスは、技術の新規性だけでなく、それが解決する問題の重要性と、解決方法の効果性によって評価されるべきです。 

 サービス開発に携わる全ての人々が、この点を心に留め、自己満足に陥ることなく、真に価値あるサービスの創造に邁進することを期待します。

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?