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個人投資家に適切なPFの考察

1. はじめに 

 老後2,000万円問題が話題になって以降、資産運用を開始する人が増加しました。一般に「長期・分散・積立」が推奨されておりますが、それは本当にベストなのでしょうか?ポートフォリオの構築に際しては「自身の年齢・リスク許容度・目標金額」が重要なファクターとなります。本投稿では「生涯投資」を前提に個人投資家の運用戦略を考察します。 

2. 個人投資家と生涯投資

 資産運用の必要性が叫ばれて久しいですが、日本では預貯金が家計資産の54%を占め、なかなかリスク資産へのシフトが進まない現状です。政府もNISAやiDeCoの拡充を通じてリスク資産への投資を促してはおりますが大きな変化は起きておりません。 

 しかしながら資産運用の必要性が高まっていることは事実であり、日本人の多くは社会人のスタートから死亡するまでの間、資産運用を継続することを求められる状況にあります。このような人生を通した資産運用の実践を「生涯投資」と呼びます。これまで資産運用では「長期投資」が推奨されてきました。イメージとしては20年~30年というスパンでの投資を指します。 

 しかしながら今後は「長期投資」の先を行く「生涯投資」のコンセプトに沿って資産運用が必要な社会に変化します。生涯投資が必要な要因は様々ですが「長寿化」が大きな要因です。長生きリスクをどのようにヘッジするか、これが今後の課題となります。平均寿命が延び人生100年時代が近づく中で注意が必要な点は「健康寿命と平均寿命のギャップ」・「資産運用の継続」です。 

 平均寿命が延びても健康寿命が延びない場合には特に注意が必要です。健康寿命超過後から死亡時までは病院での生活や介護が必要な生活が想定されます。この場合、生活に必要な資金は健康な場合と比較して増加します。十分な資金を事前に蓄えていない場合、資金がショートする可能性があります。これからの時代、ある意味で最大のリスクは「長生き」かもしれません。 

 このような長寿化の前提に立つと資産運用は20年や30年で完結するものではなく、生涯を通じてマネジメントする必要があることが分かります。すると安定的な収入を得られるようになる社会人になってから死ぬまでの期間を念頭に計画的な資産運用が求められます。このようなニーズに対しての適切なアプローチを考察するのが本稿となります。 

 資産運用の世界では100点を狙うことは極めて困難ですが、80点を狙うアプローチはそれほど難しくありません。再現性の観点でも100点の運用は個人のスキルへの依存度が高く汎用性の観点から課題があります。よって本稿では汎用性も意識した再現性の存在する方法を検討します。 

3. 若年期の戦略

 生涯投資における若年期は60年の運用期間の最初の20年に該当します。一般には20代~30代のイメージです。20代・30代は収入が控えめでありながら、様々なライフイベントが発生し資産形成が困難な時期でもあります。 

 この期間は投資余力が乏しい場合が多いので自身の収入を踏まえ無理のない範囲での資産形成を心がけます。具体的にはNISAと401k or iDeCoの活用です。一般に推奨されている「長期・分散・積立」の積立は若年層の資産形成を想定した提案となります。 

 資金余力の乏しい若年層の場合には、一括で数千万という投資が現実的に困難であり毎月の給与の中から10万円ずつというのが実情です。この場合は一括投資が困難であることから消去法で積立投資となっているに過ぎません。一括投資と積立投資の優劣は存在せず、マーケットの動向次第で変化します。(上昇相場が続く場合には一括が有利で、長期の下落相場後に急上昇する場合には積立が有利です) 

 詳細は割愛しますがリターンはリスク量に応じて定まります。一括投資の場合には初年度から20年後までマーケットに晒しているリスク量(資金額)は一定であり積立投資の場合には徐々にリスク量が増加することから、「リスク量×年数」で計算した期待値は一括投資の方が高くなります。(投資対象が長期でプラスの期待値を有する場合。仮想通貨などは該当せず) 

 注意点として長期投資でリスクは低減する、という説明があります。この説明は正確には「単位期間あたりの標準偏差は計測期間を長く取ることで、平均値に近づく」ということを言っています。当然、長期投資では累積リスクは高まるので注意が必要です。 

 投資判断の物差しには「標準偏差・シャープレシオ・期待収益率」などが存在します。標準偏差はバラつきの大きさ、シャープレシオは効率性、期待収益率はリターンの平均値を示します。若年層の場合「期待収益率」を重視したポートフォリオ構成が良いです。具体的にはNASDAQ100やS&P500に連動したファンド等です。資産形成の中期・後期の場合にはリターンの絶対値だけではなく、標準偏差・シャープレシオを考慮に入れます。 

 長期的な期待収益率であれば成長性の高い新興国株が良いのではないか?という疑問が浮かぶかもしれません。これは新興国の罠と呼ばれる事象で、経済成長(GDP成長)と株式市場は必ずしも連動しません。新興国の経済成長とMSCI エマージング・マーケット・インデックスのリターンを比較すると不一致がよく分かります。

 一般的には経済成長=株式市場の成長、と思われがちですが綺麗な相関を描くことは稀でしばしば逆の動きをするのがマーケットです。これは株式市場が未成熟だったり、政権が不安定だったり、様々な要因が混ざり合った結果です。

4. 中年期の戦略

 40代・50代の中年期は一般的には子供の養育費の負担が重く家計は楽ではありませんが、若年期と比較し収入が増加することから資産運用に割り当て可能な資金は増えます。若年期同様にNISAと401k or iDeCoを継続しつつ、特定口座での運用を開始します。 

 投資対象としては「株式・債券・不動産・コモディティ・仮想通貨」などが想定されます。仮想通貨は完全に「投機」なので長期運用には適さない為、除外します。現物の不動産は個人のスキルに依存し再現性に欠けるので、REITなどの証券化商品を前提とします。コモディティも現物は困難であるため指数に連動するファンドを前提とします。株式・債券・不動産・コモディティを比較すると長期での期待収益率が一番高く、リスクとのバランスが良い資産は株式です。よって生涯(長期)投資では株式を中心にポートフォリオを構築します。 

 株式ポートフォリオにおける中立ポジションは全世界株(オールカントリー)となります。投資可能な市場全体を網羅していることから株式ポートフォリオのベンチマーク=全世界株となります。ここを基準に「標準偏差・シャープレシオ・期待収益率」などの観点から「自身の年齢・リスク許容度・目標金額」に応じた調整を加えます。 

 若年期では期待収益率を優先しベンチマークとなる全世界株より標準偏差が大きなNASDAQ100を採用しましたが、中年期においてはリスクの絶対値をより丁寧にコントロールする必要があることから追加投資分はベンチマークである全世界株に切り替えるという運用も選択肢となります。この場合、株式というアセットクラスの中で過剰なリスクを中立に戻すことを意味します。 

 若年期のNASDAQ100指数100%のポートフォリオを中年期以降はNASDAQ100指数50%、全世界株50%に修正するイメージです。結果としてポートフォリオ全体の標準偏差(バラつき)はマイルドになり、期待収益率は若干低下します。(シャープレシオはそれほど変化しないはずです) 

 中年期により保守的なポートフォリオにスイッチしたい場合には全世界株より標準偏差が低く、シャープレシオが高い指数・ファンドへの投資を行います。(イメージ的にはVTVやVIGのような銘柄です)期待収益率自体はベンチマークと比較して下がる可能性がありますが、ブレ幅が抑制され効率性が高いポートフォリオという位置付けです。 

5. 高齢期の戦略

 60代以降の高齢期は給与収入がなくなる代わり、子供の養育費・住宅ローンの返済が完了しバランスシートが縮小した状態です。収入は「公的年金+私的年金(+退職金)+運用益」を組み合わせることになります。生涯現役で働く方もいると思いますが、今回は標準ケースとして平均年齢での定年を前提とします。 

 公的年金としては国民年金+厚生年金、私的年金としては401k or iDeCo・個人年金保険・退職金が該当します。前者は年金形式で後者は一時金として退職所得控除を利用します。生活に不足する分をNISAや特定口座の運用益(キャピタルゲイン・インカムゲイン)でカバーします。 

 理想としては生活に必要な資金を公的年金+私的年金(+配当金)でカバーすることです。難しい場合は運用元本の取り崩しが必要となります。この際は定期売却の仕組みを活用すると感情を挟むことなく機械的に取り崩しが可能です。取り崩す順番はNISA資金を優先します。特定口座の場合は20%の課税が発生しますがNISA口座の場合は非課税となるので老後の売却時はNISA口座を優先させます。 

 若年期・中年期は株式をベースに元本の拡大を優先しましたが、高齢期では元本の安全性を確保しつつリスク許容範囲で+αを狙う形となります。具体的には債券やMMF・配当・分配金などのインカムの比重を高めます。ポートフォリオ全体の無リスク資産割合を徐々に高めつつ、ポートフォリオ構成をパフォーマンス重視の高ボラティリティから安定性重視の低ボラティリティへと切り替えます。この際に出来る限り、課税が発生しないよう、損益通算やNISA口座からの現金化など工夫をします。 

 高齢期では現役時代と比較し定期収入が減少することから取り崩しが必要となりますが、可能な限り課税の繰り延べを意識する必要があります。この課題を解決する方法として、日本では普及しておりませんが将来的には以下のような金融商品を銀行と開発できればと思います。 

それは「リバース証券担保ローン(仮)」です。リバースモーゲージと証券担保ローンの特徴を組み合わせた新しい商品です。(既に商品設計に着手しております)リバース証券担保ローンは株・債券・投信等の有価証券を担保にした融資(ローン)です。ここまでであれば既存の証券担保ローンと変わりません。この商品の特徴は元本の清算を死亡時とすることでリバースモーゲージの性質を付加します。米国では「Buy, Borrow, Die Strategy」と呼ばれるケースもありますが、米国と日本では相続制度が異なるので運用目的が異なります。 

 米国のBuy, Borrow, Die Strategyは超富裕層の節税スキームと認識されておりますが、日本におけるリバース証券担保ローンは長寿化に伴い生涯投資が必要な一般投資家の資産寿命と運用収益の最大化を目的とした戦略的な節税スキームです。リバース証券担保ローンの狙いは税の繰り延べ効果です。死亡時に借入金を清算するので「いつ税金を支払うのか」の違いに過ぎませんが、これが大きな違いを生みます。 

 65歳以降、毎年500万円ずつ運用元本を取り崩す場合、一億円が20年後の85歳にはゼロとなります。これを死亡時清算条項付きで毎年500万円を融資で代用し、運用元本は毎年5%で運用し、借入金利が1%の場合には差し引きの利回りは4%となります。一億円を20年・4%複利で計算すると元利金の合計は凡そ、219,112,305円となります。4%複利の20年間で運用利益が凡そ、119,112,305円となることから死亡時に残る資産額に大きな差が生じます。 

 「資産寿命の延長」には運用元本の維持が必要不可欠です。発想を逆転することで日々の生活に必要な資金は借入でカバーし、(期待収益率-借入金利)分の収益を得ることが可能となります。経営者であれば馴染み深いと思いますが、戦略的な借入によりバランスシートを拡大させ、戦略的に資産を増加させるアプローチです。一般的に借入はデメリットが大きいですが、(期待収益率-借入金利)が明確にプラスで維持できる場合にはメリットしか存在しません。 

 老後資金を借入する個人はキャピタルゲイン税の繰り延べが期待でき、生涯に渡り資産運用を継続することで資産の最大化を狙うことが出来ます。資金を貸し出す金融機関にとっても住宅ローンと同等規模の新しいローン商品(市場)が創出されることで、貸出需要が高まります。担保とする有価証券の評価額掛目を調整することで貸し倒れリスクはコントロール可能であり、不動産現物と異なり常にマーケットで価格が付いていることから担保管理も容易です。 

 リバース証券担保ローンのスキームは税務当局にとっては税収減に繋がる可能性があり将来的に何らかの妨害を受ける可能性がありますが、リバースモーゲージと証券担保ローンというそれぞれ適法な商品の特徴を組み合わせた商品である以上、完全に塞ぐことは困難です。勿論、個人に対して一方的に有利な商品設計の場合には金融機関に旨味が無く、商品開発が進まない為、最終的には両者がwin-winになるように商品設計の帳尻を合わせる必要があります。 (具体的には生前に金利を優遇する代わりに死亡清算時に金融機関が優遇分を回収できる仕組みなど)

 借入を活用し可能な限り運用期間を引き延ばし運用収益を膨らませて死ぬ場合、die with zeroの概念を実践することでより有意義な人生を全うすることも可能です。高齢期では生前贈与や法人を活用した資産継承なども併用します。最終的に(総資産-借入金)に対して相続税が課税されることになるので、贈与や控除枠を可能な限り活用します。同時に課税評価額のコントロールと個人と法人の切り分けによる最適化を狙います。 

 高齢期は資産の安定運用・効率的な取り崩し、税金の最適化・資産継承など若年期・中年期と異なる対応を要求されます。若年期・中年期の積立をベースとした資産運用とは異なるスキルが必要で専門性を求められる事項も多いことから信頼できるアドバイザー(低料金)に相談しながらマネジメントするのが良いです。

6. FIRE戦略

 番外編としてFIREを目指すケースを考えます。標準ケースとして65歳前後で定年を迎える想定で試算しましたが、社会人となり20年前後(40~45歳での引退)でFIREを目指すケースを考えます。

 これは難易度カオスのゲームをプレイするようなもので一般的には無理ゲーと呼ばれます。生涯現役が難易度イージー、先程の標準ケースが難易度ノーマル、5年の早期リタイアはハード、10年の早期リタイアはベリーハード、20年の早期リタイアはカオス(一般的には最上級難易度の位置付け)となります。 

 ゲームと異なり現実世界ではチートモードも強くてニューゲームも存在しないため、自身の戦闘力(資金力)と人生戦略に応じて適切な難易度選択が必要です。ここを見誤るとリアルで人生が詰みます。ゲームと異なりセーブポイントからのリトライは不可能で一方通行のゲームとなります。 

 よって賢明な投資家はベストシナリオとして20年の早期リタイアを目標としつつ、日々変化するゲームの状況(社会情勢の変化)と資金力を勘案し生涯現役~20年の早期リタイアの間の適切な難易度の選択とゴールに向けたアプローチが必要となります。

 FIREを目指す場合、資産形成に必要な期間が40年から20年に短縮されることから定石と異なる戦略が必要となります。例えば、起業による上場や専門家としての独立(弁護士・医者など)などが必要となりますが、誰にでも可能ではなく再現性の観点から難があります。これらは極めて優秀な方を前提としたアプローチとなります。もちろん、ハイパーグロース株への集中投資や・FX等のレバレッジ取引という方法もありますが、再現性の観点からは起業や専門職よりも難しいと思われます。 

 比較的再現性の高いアプローチとしては副業と法人の活用が挙げられます。会社員として働きつつ、専門性を活かした副業収入が獲得できれば、会社員・個人事業主・法人の器を切り分けつつ収入と税・社会保険等のコストを最適化させることで日本で生活するうえで必要なコストを大幅に圧縮することで可処分所得の最大化、利回りの最大化が可能です。法人を活かした資産運用については前回の記事を参照ください。

 鍵は「生涯投資・節税・繰り延べ・法人の活用」です。日本は少子高齢化・増税・年金不安・社会保障費の増加・経済停滞など様々な問題を抱えることから今後は益々住みにくい国となる可能性が高いです。

 よって現役世代は頭の片隅に将来どこかのタイミングで日本で生活するメリットとデメリットを天秤にかけ、デメリットが上回る場合には「棄国」を選択することが必要となることを留め置く必要があります。これは「衰退途上国」として避けられない運命かもしれません。

7. 衰退途上国の戦略

 

出所:財務省webサイトから抜粋

 財政の抜本的な解決には年金と社会保障の見直しが必要ですが、高齢者に忖度し続ける日本の政治家には困難な話であるため、我々は国に頼らず個人として防衛策が必要となります。資産運用はその手段の1つであり、不確実な未来に対するヘッジ手段です。 

 本来は図で示した通り一番のウエイトを占める社会保障(年金・医療)にメスを入れる必要があります。年金の賦課方式の見直しと高齢者医療負担の見直しが不可欠です。年金制度の経緯は厚労省のサイトの説明が参考になりました。

 結論として現行の賦課方式を正当化しようとしていますが、社会構造的に持続不可能なので速やかに積立方式に切り替えるべき、と個人的には考えます。医療費の増大に関しては高齢者医療財源の確保のため、高齢者を対象とした新たな課税が必要です。(世代間負担ではなく世代内負担) 

 感情を排して機械的な見方をすると引退した高齢者の経済(GDP)貢献はほぼありません。そこに国のリソース(財源)を割り当てるのではなく未来に向けて子供や現役層の支援に割り当てることが経済発展に繋がり、少子高齢化の解消にも繋がります。結果として税収も増加し財政の安定化が実現され増税政策が見直されます。高齢社に厳しく、子供や現役層に優しい国を目指すことで日本の抱える問題の多くは解決されるはずです。 

 今後、本格的に国家として困窮した際には現実的な目線で国民のうち政策的に誰を優遇するかが改めて問われることになると思います。現状は多少の危機感を共有しつつもぬるま湯に浸かり、問題を先送りにしているように見えます。

 現在は消去法で高齢者を優遇した政策を取り続けておりますが、限界が見え隠れしています。コロナ禍におけるワクチン接種の優先順位でも明らかでしたが、経済合理性を重視するのであれば現役層>子供>高齢者となるはずですが、現実は異なりました。

 将来、限界が迫った際にどのような政策転換が訪れるか分かりませんが、我々は日本という国と個人を明確に区別し、国家と心中することなく個人として生き延びるため可能な限り選択肢を広げる必要があります。選択肢を広げること=経済的自立であり、国家や組織からの自立に他なりません。そのための手段が生涯投資です。

  最後はやや悲観的な見通しを示しましたが、常に最悪を想像しておくことは最悪を避けるのに有効な手段です。社会全体に生じている制度疲労をどのように解消すべきかは様々な利害が絡むことから簡単に整理されることはありません。時間経過と共に状況の悪化が予測されることから個人は自己の責任で出来る限りの備えをする必要があります。

※本稿で紹介したリバース証券担保ローンの商品開発に興味がある方はご連絡ください。

 

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