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死をデザインする

62歳 【孤高のメス】の舞台になってあの古びた病院で死ん君。
白衣を来て、救急搬送の裏扉から入っていく君の背中が今も目に浮かぶ。

君の年齢に近づき分かってきたことが沢山ある。
医師としての日々とシングルファザーとしての日々。どれほど孤独で、不安だったろうか。

笑うだろうが、私も離婚し子どもを抱え生きている。
風呂に入り、一人の時間が訪れた時、どこからともなく溢れるように不安と恐怖に包まれることがある。

いつまでも生きるつもりだと自分に聞きたくなる夜もある。

親子ほど互いを理解し合えない関係性もないだろう。
まして、君は男で、私は女で理解など出来るわけもない。
それでも君は【完璧】を常に求めていたと思う。

知っていたか、この世に【完璧】などそもそも存在しないと。
君はあたかもどこかに【完璧】があって、
それが正解であり、正義だと
ひたすらにそれを追い求めた。    私にもそれを強要した。

君と私は悲しい親子だ。
無いんだよ、【完璧】は。
人は、それがあるかのように言うが
本当は誰もそんなものに辿り着いた者はいないんだよ、父さん。

あまりにも純粋過ぎて、疑うことがなかった君は、
ここでは生きることが辛かったろう。

私は君が追い求めた【完璧】を同じように追いかけて半世紀が過ぎた。
それが無いことをやっとこの歳で知ったよ。
未だに、この時代においても、見たことがない理想郷を追い求め
毎日を悩み、苦しみ、悲しみ、足掻いている人がいる。
無いんだよ、そんな【完璧】は

半世紀が過ぎ、【完璧】が無いと知った時、虚しさと疲れに襲われた。
君は私の人生の登場人物の中で【完璧】の象徴だった。
いや、そう思い込まされていた。

辿り着いたのは空虚。笑っている自分がいる。

ここから残された時間で何を探したらいい?

目指せと言われた【完璧】という星はないと知った今、
ここからどこへ向かえばいい?

死んだ君はいいだろう。存在すらしていないから。

ここまで歩いた自分を褒めよう。
君へ抱いたいた憧れも、憎しみももうどうでもいい。
62歳は若い。君は成長する時間がもっと必要だっただけのことだ。

父さん、その世界にまだいるか?
私はもうここいらで、この世界にいることを辞めることにする。
家族、愛、地位、資産… それらがあっても、
向かっていた星がないことを知った空虚は打ち消せそうにない。

こんな豊かで、教育熱心な日本で、
誰も自分の死をデザインする方法を教えてくれる人はいない。

でも、君なら分からるだろう。
人は必ず死ぬ。
毎日は死に向かって進んでいっている。

自分の死は自分でデザインしていい。
誰に指図されることもなく、批判、評価されることなく、自分でデザインする権利がある。
君が私の目の前でそうしたように。

あの世で会えると言う人がいる。

私はもう二度と君には会いたくない。
君が死んだ日、泣かなかった。
私は、君に全力で向き合ったから後悔がない
だから、再び会う必要も、泣く必要もない

あの日、息を引き取った君の亡きがらと
並んで一つの布団で寝た夜で十分だ。
氷のように冷たく
固いからだは
肉で出来たただの袋だった。

ただ一つ、私は君のような死に方はしない。
残される者に罪悪感を押し付けるような死に方はしない。
62歳の君よりも、少しだけ私は成長出来たと思う。



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