遠くに鳥の鳴く声がする
竹林のなか
そこに 神様の通り道があるよ
と言われる場所を探す
沢を登ると
足元にヌルヌルした丸い石ばかりで
足を取られる
瞬間沢に生える草を鷲掴みにする
自分の左側に黒い美しい魚がするすると
泳いでいく姿を見る
霞がかった空を仰ぐと
遠くに鳥の鳴く声がする
ご縁があって4年間
出羽三山神社に参拝してます。
出羽三山神社参拝の後、
大進坊様で
精進料理をいただきました。
講の皆様と
またここで一緒の時を過ごすことは
きっと無いのだろうと思うと
今年のこの時、この瞬間がただ奇跡のように
有難いと思うのです。
昼食の後は
湯殿山神社で参拝。
初めて滝行に参加しました。
湯殿山神社は
見たこと 聞いたことを
誰にも伝えてはいけないという
普段生活する場所とは別世界。
神聖な結界の張られた空間というのか
超越した時空を歩かせていただく。
ただ この一瞬に生きて
必死に祈って 声を出して
誰かに縋りつき
こんなこと これまであったのか
小さな頃に抱いていた感覚に
似ているのかもしれない。
下山してからは いままでと同じよう
仕事をして
音楽を聴き
SNSで情報を楽しんで
悩んで 答えを出して
いつも通りに暮らすんだろう。
そう思って 下山した。
下山して翌日 いつも通り
施術の仕事をする。
何故だろう?なにかが変わった感じ。
はっきりとしたものではなく
時々見え隠れする感触がある。
翌日、いつも撮影で伺っている宮城県
柳津虚空蔵尊様に伺った。
大銀杏の木陰の中
天空をまわる美しい鳥の鳴き声がする。
足元にある石畳は 1300年続くこのお寺を
ずっと支えてきた道だ。
ご本堂で参拝をする。
ご本堂の丸い鏡は
日差しを受けて 木々の緑を
映し出す。それはまるで黄金に光る鏡。
先人の皆様が歩いたであろうこの参道は
多分数え切れないくらいの人が
願いごと
悩みごと
喜びの日
悲しみの日
絶望の日が 希望の日に変わる
そんな祈りの力を信じて
歩いたに違いない。
どうか 普通の日常を
なんでもない今日の1日をと
望んだ足跡がある
残したいものは
たくさんある様な気がします。
この先 驚くような便利な世界になって
もっと自由に、もっと快適を
手に入れるのかもしれません。
人の心はなにを望んでいくのか
想像もつかないくらいです。
私はいま隣にいる大切な人に
少しずつ伝えていこうと思います。
目には見えないものだけど
受け継がれてきた想いと
ありがとうございますという気持ちが
どうか続いていきますように。
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