出たとこ勝負

齢50も過ぎると、身体にガタが来る。

若い時と比べ、無茶もきかない。
これが、歳をとることかと愕然とする。

ただ、歳をとることは、マイナスなことばかりではない。
そこにあるのは、人生の経験を重ねてきたということだ。

いくつもの地獄を見てきたので、多少のことでは動揺はしなくなったのも、事実である。

いろいろな状況に置かれても、瞬時に判断をして行動を起こすこともできる。

もう少し前なら、副腎に24ミリの腫瘍ができているということを聞かされたのであれば、取り乱してたのかもしれない。

まったく、動揺していないかと聞かれれば、そうではない。
しかしながら、僕は冷静である。

今は、明日の精密検査を受け、出た診断結果をもとに、考えて行動をすればいい。

明確になっていない事柄に対して、あれやこれやと思い悩むことは愚の骨頂である。

出たとこ勝負という言葉もある。ある程度、予測を立てて行動をする必要もある。万事が万事、出たとこ勝負というのも、いかがなものかとも思う。

ただ、想像してほしい。

もし、ボード版の人生をしていたとしよう。

そこにあるのは、ゲームサイコロを振らなければ、出る数字がわからない。事前に予測をしたところで、意味がない。それに加えて、どうしても予測をしなければならないというのであれば、それは、ギャンブルである。

そんな不確定要素に、僕は自分の人生をかけたりしない。

ある程度、経験をしたところで、どれだけのリスクを冒したとしても、必ず、リカバリーできるということが判断できるのであれば、勝負をかける意味がある。

それは、企業をすることにも似ているのかもしれない。
今は、僕は、右の副腎に腫瘍ができているという事実が分かっているだけだ。

それが、良性なのか悪性なのは、現時点では、「神のみぞ知る」ということだ。

精密検査を受けるまでに、僕がしなければならないことは、十分な休息と、禁煙と節酒をすることだけだ。あとは、先述したとおりに、出たとこ勝負なわけだ。

そういうことだから、あれやこれやと気をもむということは、精神衛生上、よろしくない。

今日も、僕は生きている。それが、一番大事なことであり、それ以外に、何を望もうというのか。

それこそ、罰が当たるというものだ。

「生きているだけで丸儲け」…(by明石家さんま)

どこで、「素敵やん」という言葉も聞こえてきそうじゃないか。

今は、それだけでいい。

そうは思わないかい?

それでは。

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