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安心感の中で生きる

人はみな、安心感の中で生きられることを証明していきたい。というか、安心感こそが生きる土台なのに、周りを見渡してもそんなのはどこにもない。おかしいよね、ということでまずは僕自身が安心感を体現することに決めました。安心感の代名詞。安心感とは何かを追求していく。その追求から得た体験や知恵をシェアする。安心感満載の場をオンラインでも現実世界でも創る。

で、安心感とは。
自分が自分にちゃんと収まる場や時間を指す。ベクトルが外ではなく自分に向いている。周りの世界を気にするのではなく、自分の操縦席に自分が座っている状態。そういう意味では瞑想は、自分と繋がるひとつの基本ツールだと思う。それから、自分の好きなことをやる習慣を身につけること。

全然違う視点から指摘すると、暮らしの自給率を高めることも安心感を高めることにつながる。それはつまりお金だけに依存しない生き方の構築とも言える。野菜を育てる、お気に入りの洋服を直す。カレン族の村に足繁く通っていると、食の自給自足は当たり前で、空いた時間で布も織るし、家だって自分たちで建ててしまう。この時代に場所は違えどこうやって豊かに生きている人たちがいることを知るだけでも安心する。

それから分断が進む世の中もそろそろ終わりにして、気の合う仲間とのつながりも深めていくことが大切。家族とか昔からの友人とかそういう枠を超えて、心からお互いを理解できる人だったり、見ている景色が似ている人とコミュニケーションを取り合っていく。隣に誰が住んでるかわからない状況は不自然極まりないので、気心知れた人たちが集うコミュニティに属していく。僕自身はそういう場を創りたいと思っている。

最後にこれが何より肝です。自然との距離感を取り戻すこと。またまたカレン族の話になるけど、彼らは自然の循環の中で生きていれば必要なものは全て自然が与えてくれることを知っている。もちろん、人の手を使ってお米を育てたり布を織ったりしているけど、もともとは自然が与えてくれたものを使っている。1粒の籾から数百粒のお米が取れるんですよ。自然から離れれば離れるほど何だか進歩的と感じる現代文明だけど、本質からもどんどん離れていっている。命は自然の中からしか生まれない。テクノロジーの発展自体を否定するつもりはないけれど、一体人類はどこに向かおうとしているのか、方向性を見直す時期はとっくに来ている。自然の循環の中にこそ、本当の生きる喜びがあります。

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