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【書籍紹介】生命の劇場

「環世界」の概念を提唱した生物学者「ヤーコプ・フォン・ユクスキュル」の「生命の劇場」を一読。ユクスキュルの本といえば岩波書店から出版されている「生物から見た世界」の方が日本ではポピュラーかもしれない。そもそもユクスキュルの著作で日本語訳が出ているのは上述した2冊のみである。

「生命の劇場」の原作は1950年に出版された。ユクスキュルはこの本の執筆途中の1944年に亡くなっており、妻と息子がユクスキュルの下書きをもとに完成させた。ちなみに「生物から見た世界」が出たのは1909年である。

本書はユクスキュルの晩年における「環世界論」の集大成であるが、「生物から見た世界」と違い、登場人物の対話形式で環世界論が記述されている。落ち着いた議論をしている場面もあれば、語気が荒くなる場面もある。登場人物とその役割は概ね以下の通り

生物学者・・・環世界論を提唱する人
動物学者・・・機械論を提唱する人
大学理事・・・まとめ役
宗教哲学者・・・形而上学の代表者
画家・・・芸術の代業者

生物学者(環世界論)と動物学者(機械論)との論戦がメインとなるのだが、合間に宗教哲学者と画家が加わり、大学理事が議論を整理し、新しい議題を提示する。基本的には大学理事、宗教哲学者、画家は環世界論を補強する役割を担っており、生物学者は動物学者からの批判に反論し、機械論を批判する構図となっている。生物学者とはおそらくユクスキュル自身であろう。

全体としては環世界論を支持する内容になってはいるが、この学説の限界についても生物学者の発言として記載されている。生物学者だけを登場させて環世界論を論じさせるのではなく、敢えて動物学者との論戦形式を採用したのは、ユクスキュルが「生物から見た世界」で提示した「環世界論」に対して、当時の機械論者から多くの批判が寄せられたことが背景にあるのかもしれない。

あらゆる生物にとって制約となる唯一の客観的世界の代わりに、無数にある主体の環世界を置く学説は、生物学的世界観のたんに一つの側面を示すものにすぎません。つまりそれは、私たち人間の現象界の客体から出発するのではなく、それぞれ固有の現象界によって取り巻かれているような生きた主体から出発する場合に、世界はどのように見えるかということを明らかにするものです。この考察様式には限界があることを私は認めます。

ヤーコプ・フォン・ユクスキュル「生命の劇場」第4刷 Page288より

人間の世界から生きものを捉えるのではなく、生きものを主体とした時にその生きものから世界がどう見えているのか考察する「環世界論」のスタンスが単純明快に記されている。

「生物から見た世界」と合わせて繰り返し読むことで、ユクスキュルの「環世界論」をより深く理解できるだけでなく、自説への批判に対してユクスキュルがどのような反論を行ってきたのかにも触れることができるだろう。

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