十九、二十 5

よかったら1からみてください。


冷たい空気がマスクで隠し切れない目の周りの肌を刺す。冷たいを通り越して痛いになった感覚を感じないほど僕の心は踊っていた。


「今日誕生日でしょ?お祝いしなきゃね!私バイトが終わるのが10時だから先にこれで上がっといて!」


という言葉とともに彼女から受け取った部屋の合いかぎ、それは彼女が、いままで誰も受け入れられなかった僕を肯定するものに他ならなかった。ホテルで一泊した後、僕はこの部屋で彼女が作った朝食を食べ、それからほぼ毎日この部屋に来ていた。むしろ自分の家に戻るのは荷物を取りに行く時くらいだった。なし崩し的に始まったこの関係が、この合いかぎによって正式に認められた気がした。この合いかぎはそれほど僕にとって大きな意味を持つものだった。


駅前を歩く人は皆、どこか浮足立っていてあと数日に迫ったクリスマスが待ち遠しいと言わんばかりの顔だった。


丸一日用事がなかったので彼女へのクリスマスプレゼントを買いに来ていた。今までこんな経験などなかったので必死にネットで調べたが、わかったことは好みは人それぞれであるということとのみであった。金銭的な余裕もなく、とりあえずデパートに来たらなにか分かるだろうと藁にも縋る思いで名古屋駅に来たのだった。


近頃、彼女のジャージ姿しか見ていなかったので私服姿を見たのは久しぶりだった。彼女はスマホをみて、顔を上げてきょろきょろするということを繰り返していた。彼女が名古屋駅にいることなど聞いていなかったが、彼女の顔を見ただけで天にも昇るようだった。彼女に話しかけようと近づこうとした瞬間、彼女はスーツ姿の4,50代の中年の男性を見つけ手を振りながら近づいて行った。一瞬彼女の父親かと思ったが、彼女がその男の右手に体を絡め自身の体と密着させるように自分と反対側の方向に歩いて行った。彼女の背中が遠ざかる。何か親しげに会話しているようで彼女の笑顔の左半分が時折こちらに見える。

何も分からなかった。何も。周りの景色が、あれほど鮮明に見えていたイルミネーションが、人々の楽しげな顔が、一瞬にしてモノクロに移り変わる。人間はPCと一緒で自分の処理容量を超えた情報を受け取るとフリーズするようにできているらしい。かろうじて目が動かせるが、足も腕も、鉄のように固まって動かない。頭が働かない。どこをどう歩いたのか全く覚えてない。気づいたら自分の家のベッドの横になり、布団にくるまっていた。


意味もわからないまま涙が出る。ボーっとした頭で状況を把握しようとするも理解することを全身が拒んだ。白昼夢を漂う中、いつの間にか泣き疲れて寝てしまった。


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