十九、二十 6

https://note.com/ramenmenma/n/n6437930180f1

よかったら1からみてください


スマホの着信音で目が覚める。目脂で目がかすんだまま反射的に通話ボタンを押すとスピーカーから聞こえるのは彼女の声だった。


「あ!やっと出た!家にいないし電話にも出
ないし心配したよ」


どんなことばを彼女に伝えればいいか分からなかった。脳が爆発し、言葉が出てこない。無言の僕に彼女は心配したのか
「ん?どうしたの?体調悪い?」

「あっ、えっ、、」

口から出たのは言葉ではない何かだった。何かを察し
たのか彼女が

「いまどこにいるの」

と今までの口調ではない鋭い口調で問う。僕はかろうじて言葉を発する。
「い、、、家」
「わかった。」


そういって電話は切れた。彼女がここに来るのか。部屋片づけなきゃ。体動かないや。無理だ。いやでも、、うごかなky、、、

今度はインターホンの音で目が覚めた。彼女が来た。出なきゃ。のそのそと起きだし玄関扉を開ける。
「お邪魔するね」
そういって彼女は、僕にかまわず、ずかずか踏み込んでくる。その後を追うように廊下をとぼとぼと歩く。律儀に持ってきたケーキと思しき袋を冷蔵庫にしまうとベッドに座った僕とテーブルをはさんで向かい側に座った。

「もう過ぎちゃったけど、とりあえず誕生日
おめでとう」

彼女の声色がいつもと違う。彼女も何かを察して緊張しているのだろうか。全く気付かなかったが、時計は12時を過ぎていた。僕は今日から20歳だ。


「うん。ありがとう」
「それで、どうしたの?なにかあった?」


緊張と期待と不安と、様々な感情を含んだ言葉だった。数学の問題で「誘導」というものがある。出題者が意図する方法で問いてほしいときや、最終的な答えの難易度が高く解答者のヒントになるように小問をはさむことを指すが、この言葉はそれを彷彿とさせた。

「今日、、、名古屋駅に行ったらさ、おじさんと歩いてるのを見ちゃたんだけど、あれは何?彼氏とか?」

ゆっくりゆっくり言葉を紡ぐ。彼女の顔もゆっくりゆっくり色が変わる。僕も、彼女も、何もしゃべらない。時間が止まってしまったみたいだった。空気が重いとはこういうことを言うのか。この部屋で時計の秒針だけが動き続けている。秒針が二周ほどしたころ、彼女が言葉を慎重に選びながら、喋だす。

「まずは、黙っていたこと、ごめんなさい。でもあなたを裏切っていたつもりはないし、あなたが大切だという気持ちも本当。」

そうらしい。僕のことが大切らしい。なるほど。何も頭に入ってこない。

「ねぇ信じて」

嘘をつく女は相手の目を見てこう言うのだと昔読んだ小説に書いてあった気がする。後ろめたさを残したまま、ぽつり、ぽつりと、彼女が話し出した。


「私ね、お金もらってセックスしてるの。わかりやすく言うと援助交際とかパパ活とか。大体、週に二回くらい。」


〔おかねおもらってせっくすしてるの〕文字列としての意味のなさない平仮名十六文字が頭の中で何度も何度も回る。何度頭の中で解釈しようとしても意味を理解することができなかった。
彼女は僕からの言葉を待っているようで、押し黙ってしまった。いまだに言葉の意味が理解できない僕も、押し黙ってしまった。
空気が重いというのは、重量が重いということじゃなくて、粘度が高くて手や口が動かしずらいまるで水中やそれよりももっと粘度の高い例えばスライムにまとわりつかれているような、そういう状況のことを指すんだな、と妙な所で頭が回ってしまう。そろそろ寝起きの頭も徐々に動き出したようで、彼女の下唇がかすかに震えていることに気が付いたり隣の家から男女4人が仲良く酒盛りをしている声が聞こえてきたり、やっと現状を把握する余裕を持ち始めたが、、一番大切な目の前の問題に関してはやはり考えることを全身が拒んだ。沈黙を破るのはいつも彼女だ。


「そ、そんなにいけないことかな。援交って。誰かが欲しいものがあって、それを私が提供する対価としてお金をもらっているんだよ?普通のことじゃない?」

「あぁ。えぇと、、まあ、うん。」

何も言えなかった。彼女の言ってることは正しく聞こえる。資本主義の大前提だ。正しいのに、何か大きな手で胸の奥を握られるような、この痛みは何だというのだ。


「確かに、、。」


彼女はこの肯定を、自身の行為に対する肯定ととらえたようで、今にも壊れそうな表情を幾分か晴れやかにし勢い良く立ち上がった。
冷蔵庫を開けケーキをもって帰ってくる。
「たべよ!ここのケーキおいしいんだよ!」

時々テレビで特集されるほど有名な名古屋駅構内にある洋菓子店のロゴが入った袋から大きなイチゴが乗ったショートケーキと大きな栗の乗ったモンブランがでてきた。「どっちがいい?」

無理にトーンを上げて話しているのがばればれである。彼女の気遣いのひとつひとつが針となって僕の全身を刺してくる。痛い。限界だった。
「ごめん。今日はちょっと、帰ってもらってもいいかな。一人で考えさせてほしい。」
「、、、わかった。」


彼女は律儀にケーキを冷蔵庫にしまい、玄関でスニーカーを履く。ベッドに座ったまま動けなかった。閉まる直前で扉を止め彼女は言った。

「私、本当にあなたのことを大切に思ってるから。これは嘘じゃないよ」

扉がしまる。二十歳の誕生日が始まった。





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