一期一会な出会いの先に〔後編〕
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わたしをここへ導いてくれた黒猫は、コーヒー豆の薫りが漂う店内で休んでいる。
わたしは、歩き疲れたのか、通されたテーブル席で、一点を見つめてボーっとしていた。
「お姉さん。一つ伺っていいですか?お酒飲みたい気分でしょうか?それともノンアルコールな気分ですか?」
…!
突然話しかけられて、ハッと我に返った。
「あ…そうですね。今日は、ノンアルコールな気分かもしれません。」
「かしこまりました。もう少しお待ち下さいねぇ。」
本当は、お酒を飲んでもいいかなと思っていたけれども、今のわたしは、どのようにここまで来たのかわからない。自宅に帰れなくなったら困るのだ。
しばらくすると、驚くくらいのおしゃれな物が出てきた。
「大変お待たせいたしました。『ちょっと寄り道セット』です。ピンチョス3種と焼き菓子2種。お飲み物は、ノンアル希望でしたので、サングリア風の温かいお紅茶を準備しました。」
どうぞ。と言いおき、店主は去っていった。
コーヒーではないことに驚いたが、時間帯への配慮もされたのかもしれない。
ピンチョスは、一口サイズでいただくことができ、夜に食べても罪悪感がないところがいい。何より、プチトマトやきゅうり、ハムなどが使われていて、彩りがよかった。
焼き菓子は、パウンドケーキの隣にメレンゲクッキーがちょこんと添えられていた。
「いただきます。」
普段は、忙しなくご飯を食べていた。
身体に入れることができたら、もうそれでいいだろう。そんな感じで食事をしていたから、一品を丁寧に味わうことがなかった。
まずは、ピンチョスを口に入れた。
「おいしい…。」
ピクルスの酸味がとてもいいアクセントだ。
プチトマトは、口の中で弾ける。生野菜を食べるのは、久しぶりだったかもしれない。
ハムは黒こしょうがきいていて、大人味だった。
味わいながらも、あっという間に平らげた。
温かい紅茶は、ぶどうジュースをブレンドしているのか、風味が良かった。お酒を飲むと伝えていたら、赤ワインだったのかもしれない。
スイーツも、文句なく美味しいものだった。
「寄り道セットいかがでしたか?だいぶ顔色がよくなりましたね」
なんとも、穏やかな笑顔の店主だ。
「えっ。そんなに顔色悪かったですか?」
「えぇ。だからこの子が連れてきてくれたのではないかと」
店主が黒猫の方を見て、こう話した。
この黒猫は、誰でもこの店に連れて来るわけでは無さそうだ。
「このお店は、毎日やっておられるのですか?今日は、黒猫ちゃんに招かれるがまま歩いてきてしまったのですが、またいつか来たいな、と思いました。」
「そうですねぇ。毎日やれたらいいっすよねぇ。でも必要でしたら、念じてもらえたらいいですよ。あの場所に、戻れたらいいな、と。」
店主から受けた回答は、なんの話かわからなかったが、もにかくこれは不思議な出会いだ。
次にいつ会えるか分からないから、今を堪能するしかないのだ。
サングリア風のホットティーを味わい尽くし、お会計を済ませて、お店を出た。
「またお待ちしてます」
店主から挨拶をされた。
はい、と小さく返事をして、会釈をしてから、歩き始めた。
なんだか、心が満たされた気がする。
また行きたいなあ。
そう思い、振り返ってみたが、この店には看板もなければ、目印もないようだ。
いつか来れたらいいなあ。
(一期一会な出会いの先に 完)