機械仕掛けの白雪姫

 時は二〇XX年、急速的なAIの発達、そして脳に対しての解明がより進んだ時代。様々な技術が開発され、人々の暮らしは変わっていった。しかしそれでもなお変わらないものがあった。それは男たちの「下心」である。
 朽木という男は、S大に在籍している理系大学生であり脳科学を専攻。二年間の学生生活を終え、新たな世界へ踏み出そうと所謂飲みサークルというものに参加していた。しかしそれは新しい人間とのコミュニケーションを望んだ、建設的なものではなく、「もしかしたら女の子とあんなことやこんなことができるかもしれない」という溢れ出る下心からくるもの他ならなかった。
 今回のサークルの参加人数はインカレというものの中ではそれほど大人数ではなく、二十名に満たない程度のものだった。他愛もない会話や、全く面白くない、男の下ネタトークが聞こえてくる。朽木はその溢れ出る下心から、女の子に話しかけようとするも、いざその場面に出くわすとなると会話をつなぐことが出来なかった。そんな中、一人の男が話しかけてくる。
「どうも、君はどこ大だい?」
「あぁ、どうも。俺はS大の人間だが」
形式だけ、お互いのグラスが音を鳴らす。朽木に話しかけてきた眼鏡の男は、名前を古館といった。
「S大? 奇遇だね、僕もそこでナノマシンを学んでいるよ」
「本当か。俺は脳科学だ」
自分たちのような冴えない理系大学生は、出会いの場が限られている、女の子と接触する、そういった事に及ぶ可能性が著しく低い、などの話題で共鳴し合い、二人は大いに盛り上がった。アルコールの回った古館は、僕たちは親友になれるとまで言っていた。
 周りのサークルの人間にさえも聞こえないような声量で、二人は内なる自論を白熱させていると、離れたテーブル席から歓声が聞こえてきた。「待ってたよ、凛子ちゃん!」と、男達の盛り上がりようが聞こえてくる。二人は、その歓声を聞くや否やその標的になっている人物に目を向けた。
「「うお……」」
二人は再び共鳴した。そしてこの二人は固い握手を交わし、二人の意見は一致した。
「あの女子をどうにか落としてみせる」と。
 朽木と古館。二人は大学側からみれば、優秀な生徒達の枠組みに入っていた。二人は抗議や課題、バイトを真面目にこなし、大学生として平凡な生活を送っていた。だがその二人の共鳴によって、優秀の二文字は崩れ去ることとなる。
二人は飲み会のあと、一つのプロジェクトについて話し合った。それは「五感をナノマシンで刺激し、標的の女の子を自分たちに惚れさせる」というもの。ターゲットは勿論固い握手を交わした日に見た、姫野(ひめの)凛子(りんこ)。スラリと伸びた艶のある黒髪に、大きな瞳と高い鼻。柔らかそうな唇とシミやニキビのない綺麗な肌。そして男性の目線を集める大きな胸。二人にとって理想の女であるというのは勿論、周りの男子も遅れて登場した彼女に歓声をあげるほどだった。サークルの女子たちでさえ、あまりの「女」としての完成度に嫉妬よりも尊敬が先に出ているようだった。
二人それぞれの技術を総動員させ、プログラム作成とナノマシン制作に熱意を注いだ。そこから二人は大学の単位が危なかろうが、バイトを欠席続きでクビになろうが、愚直にプロジェクトの開発に熱中した。専攻している学問の事とは言え、実際のナノマシンを学生二人で作り出すというのは難しい。だが幸いなことに、S大の資料館やデータベースなどには参考にできるものがいくつもあった。
「それはここの理論と合わないのではないか」
「いや、ここのコードを応用すれば適応化される……」
朽木と古館はこれまでの青春を取り戻すかのように、真っすぐに取り組んだ。お互いの弱点をお互いの長所で補った。お互いの利害が一致した男たちというのは、傍から見れば素晴らしく立派な研究者の二人だった。彼らを突き動かすのが下心とということを除けば。
「できた……ッ!」
「疑似洗脳ナノマシン『Lin5』、ついに完成だな……」
対象となる人間の体内に入り込み、五感をそれぞれに対応したプログラムの動作によって操作することが出来る。リモコン操作による操縦者の意図に合わせた感情のコントロール、動作を行わせることが出来るようになっていた。
 朽木と古館は再びインカレサークルの飲み会に足を運んでいた。目的はもちろん姫野凛子。周りの人間からの情報や、姫野自身のSNSからこの日に参加することは分かっていた。
「やることは分かっているな」
「もちろん」
二人の作戦は、姫野に対して惚れた男性を装い高級チョコをプレゼントする。そのチョコにはもちろん「Lin5」が入っている。直にその場で飲んでいるアルコール飲料等に入れる案もあったが、異物をいれる以上、味の変化が分かりやすい飲み物等に入れることは危険だと判断した。それに誰かに見られるという危険性もある。
 飲み会はいつもの様に男女の会話で盛り上がり、多くのアルコールが消費されていた。プレゼントを渡す役目の朽木は、頃合いを見て姫野に話しかける。
「一目見たときから何というか、ファンなんです。これ、良かったらどうぞ」
いきなり一目惚れ、なんていうのも姫野の警戒を買うだろうと判断した朽木は、「私には手にも届かない一人の陰キャラ」として自分を演出することにした。チョコも有名なブランドのものなので警戒はされにくいだろうと考えた。
「あら、いいんですか? お高そうに見えますけど」
自分みたいな人間にも丁寧な口調で話す姫野を目の前にした朽木は、一瞬本心から乱されそうになった。だが本当に感情をコントロールするのは自分たちの方だ、と今回の目的を自分に言い聞かし、なんとか姫野にチョコを手渡した。周りの人間はひそひそと朽木を揶揄するように話していたが、しばらくすると好みタイプや趣味の話に移っていた。
 
取り合えず今回の作戦を終え、朽木と古舘は今後の動き方について考えながら、ハイボールを飲んでいた。
「えー! めちゃくちゃおいしいね、このチョコレート」
姫野のいる卓から、ざわざわと話し声が聞こえてくる。
念のため持ってきていたナノマシンのリモコンが、古舘の鞄の中で光り出した。Lin5は音声で入り込んだ人間の生体情報を、リモコンのディスプレイに映し出している。
「まずい、ここですぐチョコを取り出して食べるとは思っていなかった」
古舘は右手の中指で黒縁眼鏡の位置を正しながら、Lin5の音声ガイドをオフに切り替えた。Lin5はチョコレートの包を開けてすぐ上のチョコに混入させておいた。幸か不幸か、姫野はまず自分が食べ、それをおいしいと言った彼女が周りの人間にも食べさせた。
「仕方がない、万が一誤作動を起こす前に早めにあの女を落とそう」
朽木は焦っていた。ここまでの労力を費やしたLin5が失敗に終わるのは、一人の開発者として黙っていられなかった。すかさず、ナノマシンに生体と同期するよう信号を送り、店の外に出るように指示した。
「あれ、凛子ちゃんどこ行くの?」
サークルの男が一人、姫野に話しかける。男が心配するように、姫野の動きは傍から見れば不自然そのものだった。足はふらつき、感情が読み取れない。
「ちょっと、外の空気を吸ってこようかと」
「そうなの、じゃあ俺も付いていくよ」
邪魔者が入った。だが彼女の体内にナノマシンを操っているのは自分たちで、姫野の口からこの男を嫌うような発言をさせればどうにかなる。
「やめて、私についてこないで!」
感情のコントロールが上手くいかず、急に姫野がキレる形となってしまった。一瞬、店内に沈黙が訪れる。
「やっぱり」
男はそういうと、懐からLin5のリモコンによく似た機械を取り出し、姫野に向けてスイッチらしきものを押した。
「あれ、私は何を?」
古舘は慌ててリモコンのディスプレイを見る。するとそこには「NO SIGNAL」の文字が浮かび上がっている。
「これで大丈夫、キミは魔女に毒リンゴを食べさせられ、眠っていたんだよ」
姫野はこの男の事を怪しんだが、実際ここ数分の記憶が曖昧だったので、この男が助けてくれたことは事実なのだろう。
「そうなんですか、ありがとうございます。このお礼はいつか」
「じゃあさ、ちょっとココを抜け出して二人で飲みにいかない?」
「そんなことでよければ」
朽木と古舘はその様子を歯を食いしばりながら見る事しかできなかった。今出ていけば、自分たちが犯人だという事がばれてしまうからだ。二人にとって、その男はどこかで見たことのある顔だった。同じ講義を取り、成績優秀者の一人という事を知るのはもう少し後の事になる。
男は姫野を連れ、夜の街へ消えていった。

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