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札幌市の就労系障害福祉サービスの今後について

はじめに

 2006年に始まった障害福祉サービス(当時、障害者自立支援法)は、すべての障がい者が、自身で必要とするサービスを選択すること、身体・知的・精神の3障がいのサービス格差をなくしたものとして重要な転換点であった。そしてさらに、制度の名にもある「自立」の要素として「就労」が大きくクローズアップされ、障がい者の一般就職を後押しすることとなった。

 法施行から17年の時間がたち障害者総合支援法と名前を変え、より包括的な支援制度となって、インクルーシブな社会へと進んでいるはずである。しかし現在、就労支援については、従来型ともいえる保護的就労(福祉施設内での仕事)が多く実施され、一般就労への支援については財政的にも運営しがたい状況が続いている。

 今回このような機会を得て、障がい者就労支援の現状を知っていただき、札幌市としてどのような未来像を描いていくべきかを考えるうえでの一石となればと思う。

現行の就労系障害福祉サービス(移行・A型・B型・定着)

 現行法における就労支援は以下の4つの事業によって実施されている。サービス提供報酬は、就労移行・A型・B型については日額(通所日)払いとなり。就労定着支援は、月額報酬となっている。

【就労移行支援(移行)】

 一般企業で働きたいと希望する障がい者に、仕事に必要な技能・知識などの訓練と就職活動の支援を提供する。利用期間に原則2年間の上限がある。

【就労継続支援A型】

 一般企業では働くのが困難な方へ、仕事と働く場を提供し、一般企業での仕事に必要な技能・知識などを訓練する。障がい者を「労働者」として雇用契約を結ぶとともに「福祉サービス利用者」として利用契約を結ぶので、雇用労働と福祉就労の中間的なものである。労働法も適用となり最低賃金も適用となる。利用期限はない。

【就労継続支援B型】

 一般企業では働くのが困難な方へ、作業と働く場を提供し、仕事に必要な技能・知識などを訓練する。利用する障がい者は雇用契約を結ばない。労働者ではなく「福祉サービス利用者」として、保護的状況下で生産活動等をする。労働法適用外のため最低賃金も適用外。利用期限はない。

企業と福祉、能力による四象限でのイメージ

【就労定着支援】

 障害福祉サービスを利用して就労した障がい者が、就職後3年間(移行利用者は就職6カ月経過後より)職場定着支援を受ける事業。

事業所数は2023年8月現在の調査による

障がい者就労支援のトレンド

 従来は障がい者には「準備性ピラミッドモデル」に基づいて、仕事に就く以前に訓練が必要であり、医療・健康の課題をクリアし、生活における困難を乗り越えたうえで「就労」に向かうことが推奨されていた。

 しかし、積み上げ式のこのモデルでは社会参加が遠く、現在は「同時進行モデル」が世界の職業リハビリテーションの標準となっている。これは、障がいの克服により、すべてが整ってから階段を上がる方式では社会参加・復帰が進まなかったという歴史から再構成されたものである。

 つまり、障がいを克服するのではなく、障がいを含めた困難性が、生活や就労も含めたあらゆるところに影響しながらも、前進するという考えにシフトしたということである。そして何らかの「特別なハードル」を越えることなく社会参加するのを当たり前のこととする“ノーマライゼーション”という 「障害者基本法」の理念や「障害者差別解消法」「障害者権利条約」などとも合致する考え方である。

 しかし後述にもあるが、学術的にもその成果を証明されていないにもかかわらず、我が国では従来からの準備性ピラミッドモデルの影響が強く、制度も同時進行モデルに対応していない現実がある。

 世界に目を向けると、我が国と同様な経済システムの中で職業リハビリテーション体制整備を行っているドイツ、アメリカでは、障がい者に対して一般労働市場での就労支援が優先され、職場でのジョブコーチ等の個別支援(援助付き雇用)をもってしても労働が困難である場合にのみ、目標を明確にした福祉施設等での訓練が提供されるようになっている。つまり、一般就労が優先でありそれを可能とする環境整備こそが中心であるということとなっている。
(参考:「発達障害者の就労支援保障」廣田久美子,福岡県立大学,日本職業リハビリテーション学会第50回かながわ大会論文集(2023))

準備性ピラミッドモデルと同時進行モデル

「働く」ことの意味

 障がいの有無にかかわらず「働く」ということは、多くの意味を持っている。まず第一に日々の糧・賃金を稼ぎだし、そして社会経済を回していく一員となることが思い出される。しかし「それだけか?」と問われたときに、誰もがそのためだけではないことも知っている。

 例えば、日々のリズムやワーク・ライフ・バランスといった生活のメリハリをもたらし、そこから免疫系の活性化やポジティブ思考、健康寿命の伸長にもつがなる。さらには精神疾患を患っている人には、仕事が健康維持を助け、治療的意味があることも科学的に示されている。

 一方で労働というものを個人的経済活動ととらえると、時間・労働力と金銭の交換である。その本質は「他者の役に立つ」ことと「感謝」の交換であり、単純に「収入を得る」を超え、それだけで、ひとり一人の「生きがい」という経済活動以上の意味を持っていると考えられる

 とりわけ障がい者にとってはさらなる意味を持つ。以前は、既存の環境で力を発揮することが難しく、業務の幅や環境、そのチャンスすらも小さいものであった。そのため障がい者のみが集まった福祉施設で働く機会を作り体験する機会を作ることには社会参加の一端として大きな意義があった。しかし時代がうつり、“インクルーシブ”を標榜する現代は、福祉施設から社会へ出て普通の企業で働くことが当たり前となりつつある。これは、まだ十分とは言えないが障がい者にとって、まさに“リハビリテーション:復権”ということを象徴することである。

現在の就労系障害福祉サービスの課題

 現行の障害福祉サービスの原型は、前述したリハビリテーションにある。その中で就労系サービスもまだめざす途上と言わざるを得ない。

 課題の根幹にあるものは「障がい者は健常者のようには働けない」と「仕事≒収入」という2つの思い込みである。これらは、力を発揮することができるように環境を整えることではなく、訓練と低賃金、初歩的な単純労働をすることが良いという考えを生み出している。単純にこれに基づいて作られてきたものが悪かったというわけではなく、社会の発展とともに「復権」がもたらされ、その制度が老朽化してしまったということであろう。

 現行制度にもその状況があり、準備性ピラミッドモデル・集団訓練から同時進行モデル・伴走型支援へのシフトが進まないこともこの一端と言えよう。実際に、労働力の流動性の上がった現代社会において、障害者雇用で求められる「定着率」は逆行した考え方ともとらえられる。さらに、通所訓練に重きを置いた福祉サービスは報酬体系にも表れており、その結果、移行は減少し、B型は増大している。

 また、来年度以降施行される「就労選択支援事業」は、企業で働く希望を持つ障がい者が、安易に福祉就労に流れるのではなく、支援を受けてその希望を叶えるために必要なことを見定める事業である。つまりこの事業は就労移行支援に依存したものであり、このまま就労移行支援の減少が続くと成り立ちがたい制度でもあろう。

 これらの報酬制度からも一般就労への舵を切りがたい状況を生み出し、何よりも挑戦ではなく「継続しているか」を強く問う制度の象徴となっているのではないか?当たり前のことではあるが、継続するためには「始め」なければならない。始めることを応援するためにも、そのチャレンジ自体を評価し、何度でも挑戦できるような行政サポートが必要ではないかと思われる。
国際的な動きを先にも書いたが、昨年国連により日本の諸制度がインクルーシブな社会づくりにほど遠いと指摘を受けた。以下に障害者就労にかかわるところを抜粋した。

障害福祉サービスの経営概況調査(https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001078137.pdf)より作成

【2022年9月国連 障害者権利条約による勧告(抜粋)】

①  障害者が、保護された作業場や雇用関連の福祉サービスから、民間および公的部門における開かれた労働市場へと、包括的な労働環境の中で、同等の価値の仕事に対して同等の報酬を受けられるよう、移行を加速させる努力を強化すること。

②  職場の建築環境が障害者にとって利用しやすく、適合していることを確認し、あらゆるレベルの雇用者に、個別支援と合理的配慮を尊重し、適用するための研修を提供する。

③  公共・民間部門において、障害者、特に知的・心理社会的障害者(精神障害者)及び女性の障害者の雇用を奨励・確保するための積極的措置及びインセンティブを強化し、その適切な実施を確保するための効果的な監視機構を確立すること。

④ 職場でより集中的な支援を必要とする人への個人的支援の利用を制限する法的規定を撤廃する。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100448721.pdf

 まず①については、障がい者だけが集められる福祉サービスから、いろいろな人が働いている普通の職場への移行ができていないことが指摘されている。

 ②については、それらの移行にあたり個別対応を求め、障がい者を十把一絡げに考えず、「ひとり一人に合わせた労働環境」と「伴走型支援」の提供が不十分であることを指摘している。

 ③は、特に知的・精神の雇用を進めそのためのインセンティブの強化と、障がい種別による差別に対する監視を求めている。

 最後に④では、ノーマライゼーションの理念のもと障害のない人と同様に働くための配慮等を、制度及び社会的に提供するものとなっていないことを指摘している。
 
 つまり、現在の障害福祉サービスや障害者雇用の状況は、国際的にみて「インクルーシブではない」と指摘されたということである。

 これは、国の体制として指摘したものではあるが、札幌市も国際都市としてその国の整備状況に従った不備ある状況を甘んじていてはいけないのではないかと、一市民として思う。

 このほかにも、昨年話題となった、雇用率代行企業の問題などもあり、これは先に挙げた課題も含めて障害者雇用を一人の「人」としてではなく単純な「数」ととらえただけというものであろう。「インクルーシブな社会」とは真逆に「ルールは守る」ことにのみに向かった、モラルハザードに近いことでもあったとも言えるかもしれない。

 これらのことは、哲学による実践からルールに傾倒した結果による「制度疲労」の結果とも言えるのではないかと思われる。けして支援事業所や企業が悪いとだけ言っていいものではないのではないが「縦割り」といわれる行政機関と同様に、ルールが哲学の上に来てしまうことで起こっているのならば、なぜこのようなルールが実施されているのかという哲学に基づいた運用ができるように再整備していくことが、札幌市の就労支援を下支えしていくことになると思われる。
 

 

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