心の中の小さな私

このお話は私の過去についてやそれを顧みて、
私が今どう困っているかについて書いていきたいと思います。
虐待・暴力・いじめなどによるネガティブな言葉があふれます。
ご自身の心の様子と相談してお読みください。























気づけばいつだって死にたかった。


こんな言葉を聞いたら「とか言って今も生きてるじゃん」って思われてしまうでしょうか?
私は幼い頃からふとした瞬間に「ああ、もう消えていなくなりたい、死にたいな」と現実逃避をしていました。

そう思う理由は様々。

友人と喧嘩をした日、両親に怒られた日、みんなの前でミスをした日、うまく感情を伝えられなかった日、男の子にからかわれた日。

書ききれないほど、少しでも嫌なことがあると私は大げさに絶望して「ああ、消えてしまいたい、全てをやり直したい、死んでしまいたい」そう考えるようになっていました。

私は悲観的で、大げさで、物語の見過ぎで悲劇のヒロインになりたかったのかもしれません。

誰かに、助けてほしくて。

今こうしてひとつひとつ思い返すと、何故私は逃げ道に「死ぬ」を選んだのだろう?

答えは、逃げ道がそれしかなかったから。

これまた大げさだと思われるでしょうか?
でも私には本当に、逃げ道が無かった。

「友達と喧嘩したくらいでビービー泣くな!」
「いじめられたぐらいで泣いて帰ってくるな!」
「ミスをしたのはお前が悪いんだから泣くな!」
「ちゃんとはっきり話せ!日本人だろう!」
「いちいちわめくなうっとおしい!」

何かあれば、言葉よりも先に涙と嗚咽があふれてしまう子どもだったので、その度に大きな怒号を浴びせられ、私は泣き止むことで精いっぱい。
それでも涙が引っ込まないと、殴られるか、蹴られるか、文字通り外に放り出されていました。

私は思ったとおりに言葉がつむげず、解決方法も教わらず、四苦八苦していたと思います。

父も母も少し短気な人で、私がすんなりと理解せず「なぜ?どうして?分からない」ともたもたしていると「あーもう!!!!」と怒り出すので、私も次第に思い通りにいかないと癇癪を起すようになった気がします。

何をしても聞いてもらえない、泣くと怒られる、殴られる。
私はどうすれば殴られずに済むか、蹴られずに済むか、そればかりを考えて、日々おびえながら暮らしていました。

でも、不思議なことに、私は両親が大好きでした。
両親は私を可愛がってくれていたと感じますし、不器用な愛情だったのだろうと今振り返っても思います。

ですが、私はそんな環境にいたので、今も色んな場面がフラッシュバックしては死にたくなります。

もう縁も切り、環境も住む場所も変わり、あの人たちの手の届かない、目の届かない場所にいるのに。

父と似たような背格好の人を見るたびに心臓が跳ね上がり倒れそうになったり、遠くで男の人の怒鳴り声が聞こえるだけで血の気が引いていきます。

母と似たような背格好の人を見るたびに嫌悪感と吐き気に見舞われて外を歩くのが怖くなります。

普通に生活していたいのに、ふとした瞬間にすべてが恐怖に塗り替わってしまい、些細なことがストレスになります。

確かに私は、まだ愛情を受けて育ちました。
でも、あのころには一瞬たりとも戻りたくありません。

私はこうして、ため息を吐くように「死にたい」と口にする。

もう、いつのころからの習慣か分からない。

でも口に出してしまわないと、いつか本当に。




息をするように嘘が出る。


これだけ聞くと「なんて最低な奴!」だなんて思われてしまうでしょうか?

幼い頃の私は、そもそも言葉が足りなくて、考えていることはたくさんあるのに主語が無かったりするせいで、相手に間違った解釈をされることもあり、同年代の友人ともよくぶつかった記憶があります。

それはいわゆる「子どもの些細な喧嘩」に過ぎなかったのですが、今でもその時、私が癇癪を起して相手を泣かせてしまった事、怒らせてしまった事がフラッシュバックしたり、夢に出てきたりします。

いつからか、私はみんなの顔色をうかがい、言いたいことを言いたいけどまた怒られるといやだな、喧嘩したくないな、と考え嘘をつきながら生活するようになった気がします。

そのふとした時に嘘をつく癖は、いまだに治っていません。

褒めてほしくて、自分の功績を作ろうと大げさに報告したり、自分のしていない事も自分がしたように言ったり。

怒られたくなくて、自分がやったことを隠すために嘘の申告をしたり。

この辺りなら、子どもはだれしも通る道のような気がしますね。
しかし、私はこの「嘘をつく」という行為がだんだん、嘘なのか本当なのか、自分でも判別がつかなくなってくるのです。

ずっと言い続けていると、自分自身も騙してしまい、それらが本当に起こった出来事だと錯覚して、周りとの意見の食い違いが出てきます。

最初はそれでも嘘を貫き通そうとしましたが、次第にそれが自分にとって都合が悪いと分かると、さらに嘘を重ね「勘違いだったみたい」と手のひらを反すように。

一度はそんな私から離れる人もいたり、それが原因か分かりませんがいじめにあうこともありました。

しかし今思い返しても、私がいじめられていた原因は「主犯格の女子生徒が私に何かの恨みを持ち、あることないこと噂を広げ、私の親友・周りにいる友人に嘘を吹き込み私を孤立させ、私物を捨てたり隠したり、陰湿な手紙を書いて靴箱に入れていた」という、私としては急に敵対心を燃やされ、困り果てていたという記憶しかありません。

私は今でもそれが真実だったと記憶していますし、相手の名前をフルネーム漢字で言えるくらい、恨みが根深いです。

もう二度と会いたくない人物上位に入っていますが、私の記憶はもしかしたら自分の都合のいいように改ざんされているかもしれない。

心のどこかで引っかかりを感じながらも、私は自分に起こったことを嘘だとは思いたくないから、私の記憶を、感情を信じることにする。

あの時受けた仕打ちや、私が泣いた事実は変わらないと信じて。

現在は少しずつ、嘘を吐くことは少なくなりましたが、いまだに大げさに物事を表現したり、してもいない小さな功績を作ってしまいます。

「それくらいみんなも何かしらしてるでしょ」と思うでしょうか?

私はいつか、その化けの皮をはがされるのではと、不安になっては人と話すことが時折苦しくなります。

いつか、何も信じてもらえなくなるのでは…。

でも私は、自分をよく見せないと、気に入られないと、いい子でいないと、好かれていないと…

また、怒られてしまう。

そう考えてしまうのです。




人間不信だけど独りはこわい


「さっきから支離滅裂な、一体何を言っているんだ?」
なんて思われる方もいらっしゃるでしょうか。

しかし、改めて言葉にすると、これがしっくりくるのです。

どんな人相手でも「この人だって私の悪口を言っているかもしれない」と疑ってしまい、楽しい時間を過ごしても、帰り道、家に帰宅して布団に入ったとき、ふと目が覚めてしまった夜中など。

「何か粗相はしてないだろうか」
「気に障ることを言っていたかもしれない」
「嫌われたかもしれない」

そんな思考がめぐって、不安で涙があふれ、ひとしきり泣いて、朝になってようやく眠りにつける。

朝になれば「なんだかしょうもないことで悩んでいたな」と思えるのに、また人に会って、ふとした時に不安がめぐる。

それはきっと、幼少時代から受けてきた心の傷が痛むから、また切り裂かれないように脳が心を守ろうとしているのかもしれない。

今こんなにも幸せなのに、仕事も出来て、優しい友人がいて、楽しい仲間がいて、大好きなひとがいる。
それでも私は、疑わずにはいられない。

あの人もいつか、私を見放して去って行ってしまうかもしれない。

そうなってしまわないように、今日も私は平気なふりして笑う。
いまも昔も「大丈夫!」これが私の魔法の言葉。

笑って居ればみんな笑ってくれるから。




私の中の小さな私


そんな私の中では、幼い頃の私がいつだって泣いています。

「とうとう頭が可笑しくなったか」

そう思われても仕方ないですが、これが一番しっくりくる表現です。

これまで話してきたことは、昔から現在まで続いており、歳を重ねるごとに対処方法が解り、困難を乗り越えることが出来るようになっています。

ですが、なんの知識もなく、対処法の知らない私は、怒られては泣いて、人におびえて、肩身の狭い思いをしていました。

もう二度と、救うことのできない女の子です。

今の私が元気なら、解決していると思われるでしょうか?

昔の私も今の私も同じ人物じゃないかと感じるでしょうか?

普通ならそうなのかもしれません、ですが私はそう感じれません。

だって、いまだに私は幼い頃の夢を見る。
泣いて、苦しんで、助けてとなく私の夢を。

少し大きくなっても、母親や父親に
「なんで!!どうして!!!お前のせいで!お前のせいで!!」
と、恨み言をいう私がいる。

現在、つらい時はいつだって真っ先に駆けつけてくれる彼が居て、私といまだ変わらず交流を続け話を聞いてくれる友人がいて、楽しいことを一緒に分かち合える仲間がいて…。

みんな私を大事に思ってくれる、そばにいてくれる。
沢山の人たちの愛に包まれているはずなのに、私の心には穴が開いているのか、時折お風呂の栓を抜いたように幸福感が抜けていき喪失感に震える。

幸せなのに不安、幸せなのに怖い、幸せなのに手放したい。

それはきっと、私の中でそんな未来をゆるさないと言っているようで。

私だけが幸せになるなんて許さない、私だって幸せになりたいのに、私だって、普通に愛されて、大事にされて、今日も頑張ったねって褒められて、うまく出来なくても「次は大丈夫」って励まされて…

そんな、普通な毎日を、お父さんとお母さんと過ごしたかった。

そう、叫んでいる私がいるのです。

きっと、この子としっかり向き合わないと私はこれからも様々な精神疾患の症状に悩まされることでしょう。

その為にはどうすればいいのか、具体的には私もまだわかりません。

でもこうして、過去の私に起きた出来事を文字にすることで、あの頃の私への手向けになっていると私は信じたいです。

深く暗いトラウマの中に、光をともしたいと願います。

あの頃の私へ、あなたが生きていてくれたから、
私今、少し幸せ。




最後に。


何だか書きたいことを書いていると長くなってしまいました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。

きっと文章的には読みにくかったかと思います、感情を文章にまとめるというのは、なんて難しいのかと苦笑いがこぼれてしまう。

それでも、こうして自分自身の暗い部分を、少しずつ切り取っていけたらいいなと思います。

そして、今同じような経験をされているかもしれないあなたへ。

生きて私の記事を読んでくれてありがとう、生きるって果てしなく苦しくて、つらくて、耐えがたいことだけど。

自分のために生きることって、案外楽しい。
そういったプラス思考なことも書いていけるといいなって思います。

生きていれば、楽しいこともたくさん訪れるので、また生きて私の記事を除きに来てください。

そしていつか、あなたがつらかった出来事を吐露できますように。

苦しいを切り取って、楽しいを蓄えるために、弱音はどんどん吐いていい、誰に何と言われようとも、たくさん泣いて弱音を吐いて、たくさん寝てから次どうするか考えればいい。

あなたも私も、明日が少し、前向きになれますように。

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