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前に進む

 また台風がやってくる。どうか、無事で通り過ぎますように。

 台風という言葉に身構えるようになったのは、2019年10月の台風19号からだ。山間地の我が地区は完全に孤立した。ヘリコプターが上空を何機も飛んでいて、なんだか落ち着かなかった。救助される人や、支援物資のためなら仕方ないが、撮影用のヘリも多数飛んでいて、まるで見世物みたいだった。孤立していても我々の生活はさほど変わらないので、ちょっとした迷惑だった。落とし便所が大雨であふれてしまい、汲み取り業者も道が寸断して上って来られないとのことで、外でするしかない。まぁこれも我が家ではそんなに特別なことではないのだが、催すと上空にヘリが音を立ててホバリングしていたりすると、青空トイレも躊躇する。全壊した家屋は数件あった。命がけで避難して助かった住人もいた。それでも山の人々は、難を乗り越える方法を知っていて、住民が協力して道路を開通させたところがいくつもあった。電気が止まっても、携帯がつながらなくても水や食べ物も豊富にあった。なにしろ住民の生きる力の強さを感じる日々だった。

 2年たった今でも、仮設住宅に住んでいる人はたくさんいるし、地域のメインの生活道路も不通のまま。我が家の田んぼも一枚は川と化してしまい、そのまま。山向こうに住んでいた土砂崩れで犠牲になった知人は、いまだ行方不明のままだ。それでも2年という時間は、もう一度人々と立ち上がらせ、回復させる。道路や護岸工事、田畑の復旧も少しずつ進んでいる。2年たてば我が家の4人いた子どもたちも、今や末っ子だけとなった。月日は待ったなしだ。だからこそ、ひとは生きているわけだし、前に進まなければならない。今は先が見えなくても、いつか振り返った時、きっと自分には必要な出来事だったんだろうと思えれば、それで十分。
 そしてまた、前に進むことができる。