見出し画像

ハワイの暮らしが教えてくれたもの-3-

 小高い丘にある家のすぐ裏から続く山道を、てくてくとひとり散歩するのが好きだった。少し登っていくと、なんとも甘い香りが漂ってくる。山道はストロベリー・グァバの林に囲まれる。歩みを続けていくと、やがて透き通った感覚になる。肺胞が洗われ、頭がすっきりしてくる。ちょっと別世界にいるような気分だ。

 30年も前のことだが、私はハワイに3年ほど滞在したことがある。前回に引き続き、ハワイの暮らしの中で感じたこと、今につながっていることなどを書いてみたい。

 自分の足が、ふっと山道から外れて、山の斜面へ吸い込まれていく。薮をかき分け誘われるままに下っていくと、そこには大きな大きな岩がデンと座っていた。岩の両脇には、まるで太刀持ちと露払いのように、太い幸福の木に似た植物が、一本ずつ立っている。その姿を下から見上げると、それらは荘厳で神聖な存在に見えた。しばらくその場に座り込んで、柔らかい風の音に耳を傾けていると、どこからか鳥の声がしてくる。アマキヒだ。この島にしかいない固有種、オアフ・アマキヒ。くちばしのカーブが、ハワイ固有の花の蜜を吸いやすいカーブに合わせて進化してきた鳥だ。ハワイの鳥は警戒心が少なく、近くまで遊びに来てくれて、なんともかわいい。アマキヒの近くに必ず見つかるのが、オヒアと呼ばれる木。ハワイ固有の植物だ。ハワイの森は昔から神聖なものとされてきたが、特にオヒアは神の地上の姿とも考えられ、神聖視されてきた。オヒアとその花、レフアは、大昔からハワイの人々にとって特別な植物なのだそうだ。現存している種の多くが、絶滅の危機に瀕しているハワイ固有の鳥たちは、オヒアの森にこそ出会えるというわけだ。

 ホームステイ先の家が、たまたま丘の上に位置していたため、私は暇さえあれば裏山へ向かった。そして、大きな磁力のような力に引き寄せられて、あの巨大な岩の元へ行き、決まってアマキヒたちと再会した。そんな時間は、当時いっぱいいっぱいだった私にとって、まさしく神から差し伸べられた救いのような清らかな時間だった。

 ハワイに住んでいた時には、一度も触ることのなかったウクレレを、今頃になって弾いている。軽やかで柔らかいウクレレの音は、ハワイの海のさざ波を思い起こす。ウクレレの乾いた音は、小さな子どもの汗の匂いに似た、ハワイの山、特有の赤土を思い出させる。
 私はウクレレと共に、今でもこうして、グァバの香りに包まれた森を潜り抜け、アマキヒたちと戯れて、オヒアレフアを拝むことができるのだ。