日雇い労働作家がドラマ化の話で腕が痙攣するまで。
ついにドラマの話が舞い込む
舞い込むものといえば大抵はドラマの話か黄砂である。
今回舞い込んだのは、ドラマの話だ。【①これは貧乏作家が人生逆転を賭け、汐留のドラマ制作部と直接交渉する記事である】
「なんか汐留直系のドラマ製作会社のそこそこ偉いやつがお前に会いたがってる。俺はいけないけど、よろしく伝えといて」
所属事務所の大先輩からそのような電話がかかってきた。
「ヒャッホウ」と答え、電話を切った。
もし同じ状況下なら鴎外でも「ひやつほう」と書く。
まさか日給8000円で化粧品をピッキングしていた数日後には汐留のドラマ制作部に向かっているだなんて、人生何がわかるかわからぬものである。
また「ヒャッホウ」で電話を切ると後々怒られることになるだなんて、常識とはわからぬものである。
汐留の番組には相当数、資料提出チームとして関わってきたが、実際に局内に入ること自体は久方ぶりである。下手をすれば就活のとき、これまた後輩から1000円で買った一発ギャグ(ドラムを叩くように両腕を激しく動かしつつCCBのあの曲に合わせ「♪だ・れ・か、腕の痙攣、と・め・て」)を披露し「面白いじゃん!」と絶賛され、和やかな雰囲気で終わり、後日メールで不採用としった以来かもしれない。(このギャグは著作権ごと買ったので、テレビ局の面接で落ちてもいいけどウケたいという人は中古でよろしければ差し上げます)
【②受付ロビーで名前と来社理由を告げると、「10分少々お待ちください」と言われる。待つに決まっている。俺は今、浮き足立っているのだ。その10分後にはすでにドラマ原作者としての道が拓けているのだ。10分じゃ足りない。なんなら一泊二日、しばらくロビーでこの多幸感に包まれていたい。先日の先輩の話によればなんでも先方は既に『ずっと喪』を読んでくれているとのこと。そして深夜枠30分のドラマを作りたい、とのこと。これすなわち『ずっと喪』収録作をドラマ化したいということではないのか。】
ドラマ原作者になるのだ。
校歌に出てくるような眼差しで、校歌で出てくるような希望を抱き、校歌に出てくる山のようにそびえ、川のようにせせらぎ、粉のように飛び出し、忘れられたアイスのように溶け、ネガの街は続き、宇宙の風に乗り、ずっとイヤフォンから流れっぱなしのスピッツのプレイリストを停止し、向かう。
またしてもガラス張り。しかしもう動じることはない。
俺はこの秋、ついにドラマ原作者となるのだ。
指定された制作2部へと入り、しっかりハキハキと「失礼しまあす」と挨拶する。派遣労働の基本は挨拶である。【③今日は派遣労働じゃないが、派遣じゃなくても挨拶は大事だ。】
ドタバタ。どこもそうであるが、やはりドタバタとしている。
もし同じ状況下なら鴎外は「雑然紛然」と書く。
当然のごとくみなさん電話応対などで取りつく島もない状態。
湧いた虫のような気分になる。リュックの紐を指先に絡め、挙動の方を一旦不審にさせていただいていると「こっちこっち」と声が聞こえる。
バインダー資料やらCDやらの塔が林立するデスク群の向こう、確かに「そこそこ偉い」に違いない男性が手招いている。なぜそこそこ偉いとわかるかといえば、「そこそこ偉い人」しか座れないお誕生日ポジションにいるからだ。
この人が『ずっと喪』をドラマ化してくれる人か。ありがたい。ホチキス針がやたら食い込んだカーペット床がにわかに輝き出す。
「いきなり呼び出してごめんね」
とんでもない。こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございます。
「本、読んだよ。いやあ、面白かった。(大先輩)さんが紹介するわけだ」
そうなのですね。あの大先輩がドラマ部門に顔が広いとはまるで知らなんで。ヒャッホウで電話を切ってしまいましたよ。
「で、早速、ドラマの話に移りたいんだけど」
待ってました。収録作品のどの話をドラマ化してくださるのでしょう!
個人的には昨今の労働問題と絡めて「二十二時の告解室」あたり、若手俳優さんなんかも起用しやすいしコスト面も抑えられるんじゃないかと、皮算用しているのですが、とりあえず口にするのはよして曖昧に頷いておきますね。
「今さあ、原作を探してて、それを企画書にできる作家さんがいないかなって。そしたらちょうど新人賞を受賞した子がいるってことで今日、きてもらったんだけど。あ、そこのお中元でもらったジュース飲んでいいよ。何味?」
ぶどうです。
「それで、話はいってると思うけど、だいたい男女問わず20代をターゲットにした深夜枠の連ドラ企画を今、募集中なんだけど、どう?来週頭には欲しいかな。ドラマ企画書、書いたことある?」
いえ。
「じゃあ一度、参考程度に僕が書いた企画書送るね。そのままフォーマット使っちゃっていいから。えっと何味だっけ」
ぶどうを。
「あ、ぶどう売り切れっちゃってんだわごめん。パイナップルでいい?」
はい。
「一応、応募要項も企画書フォーマットと一緒に送っとくねー。いやあ、楽しみ。出世したら絶対に俺が育てたって自慢するからね。あ、そうだ。若手作家さん全員に聞いているんだけど『SAVE THE CAT(セイブ・ザ・キャット)』、もう読んだ?」
いえ。
「絶対に読まないとダメだよ。すっごい大切なこと書いてあるから。あとパイナップルジュース、たくさん余ってるんだけどいる?」
ありがとうございます。ではいただきます。
その方は「それじゃあ楽しみにしてるよ」と期待を込めた眼で俺を見送ってくれた。
まあ、そりゃそうか。
放送作家事務所所属なのだから「ドラマの企画書を書いて欲しい」となるのは当然ではないか。わざわざ直接お声かけいただいただけでも、ものすごくありがたい話だ。
なにを勝手に浮き足立っていたのだ。青写真通りいったことがこれまでの人生であっただろうか。それでも駅に着いた頃にはひどく体が重く感じた。それは紛れもなく大量にもらったパイナップルジュースのせいなのだが、この重みこそまさに貧乏作家に与えられた貴重なチャンスの重みとメタファり、「絶対に面白いドラマ企画を書くぞ」と西日に誓う。【④チュドーン】
後日、『SAVE THE CAT(セイブ・ザ・キャット)』を読んだ。
【①一行で説明できる内容であること。】
【②前振りが重要である。】
【③主人公は必ず前の出来事から学ばないといけない。】
【④主人公は一度、全てを失わないといけない。】
の、ようなことが書いてあった。ものすごく参考になった。
ゆえにこの記事でも取り入れた。【 】のなかがそうである。④に関しては、すでに失っているものが多すぎるので、爆発するほかなかった。
帰宅。早速ドラマ企画書に着手しなければ。しかしパインジュースがぎっしり入ったリュックを電車の中、前で抱えていただけに肩から腕にかけて限界である。
誰か、腕の痙攣止めて、本当に。
いつもいつも本当にありがとうございます。