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Twitterに救われて生き延びることができた話。

明るい話題でなくて恐縮なんですが、このたび2人目の、2度目の流産が確定しまして。

ただ手術はこれからなんですが、ひとしきり悲しみ終わった感じがあり、メンタル的にはもう底を脱した状況です。

今回の妊娠が判明してから1ヵ月半ちょっと。

陽性が出た日が11/20だったので、そこから数えるともう11週?とかになるんですが、成長具合的には6週くらいの、初期の稽留流産となります。

22週までいっての突然の心拍停止だった前回に比べると、心拍確認すらできなかった今回は、妊娠していた実感や喜びを感じる前に終わったという感じです。

そのわりにつわりだけはしっかりあり、体調的には辛くて、生きるだけで精一杯だった1ヵ月でした。

女としての勘というのでしょうか。「この妊娠、なんかダメな気がする」という直感が当たってしまいました。

「そんなわけない、きっと大丈夫」って何度も思おうとしたんだけど、一番最初の検診で成長具合が芳しくないのを悟ってしまって、ここまでの1ヵ月半は正直言って不安と恐怖しかなかったです。

しかも間の悪いことに年末年始をはさんでしまい、「ほぼ流産なんだけど、年始まで様子見」という地獄の経過観察期間があって、クリスマスも年末年始も人生で一番どんよりしていたような気がします。

今日診察があり、ようやく流産を確定してもらえたときには、悲しみよりもむしろホッとしたというか、宙ぶらりんな状況がようやく終わったという解放感がありました。

それでね、今日書きたいのは、いかに私が辛かったかとかそういうことではないんです。

いま私がこうして生きていられるのは、本気で、Twitterのおかげなのです。

今日はそんな感謝の気持ちを綴りたいと思います。ご興味ある方はふわりと読んでいただけたら嬉しいです。

私は去年から2人目の妊活を再開したんですが、思ったようにすぐ授かれず、焦りがつのり、さらには1年前の流産がフラッシュバックして、早々に精神的に辛い状況になりました。

周りには2人目や3人目がいる友人しかいないくらいの環境なので、相談することもできませんでした。妊娠できない辛さや流産の悲しみに本当の意味で共感してもらうのは難しいと思いました。

というか、話したところでなんだか虚しくなりそうで怖かったし、もっと言うと友人達を妬んでしまいそうなのが怖かったです。

でもどうしても自分の中の毒を吐き出したくて。このままではダメになると怖くて。

そこで愚痴を吐き出すために、Twitterで妊活用のアカウントを作りました。

誰にも言えないけど、でも体の中から毒素を吐き出したい。

勇気を出してつぶやいてみると、同じ境遇の人がいることを知れて、なんだか救われるとともに勇気づけられました。

私が生きているリアルの世界では、身のまわりには幸せそうに見える人しかいないような気すらしていたけど、Twitterにはたくさんの人がいました。

2人目が欲しいのに授かれない人の中には、旦那様との仲が良くない人、長いこと不妊治療をされている人、妊娠はできるけど何度も流産経験がある人、さらには生まれたばかりのお子さんを亡くされた人など、本当にたくさんのバックグラウンドを持つ人がいることがわかりました。

誰にだってきっと心の中には多少なりとも黒い気持ちがあって、でも特に妊娠っていうデリケートな話題だからこそリアルな生活では本心を隠して当たり障りなく生活している人がたくさんいることがわかりました。私がそうであるように。

不安をつぶやけば、応援のような「いいね」がもらえて、ときには似た境遇の人からコメントをもらうこともできて。親もいなくて愚痴を話す相手が全然いない私は、本当に救われました。

私はすごく人見知りというかコミュニケーションが苦手なので、特に初めましての方にコメントを書くことのハードルがすごく高くて、「こんなこと書いてウザがられないだろうか」とかイチイチ気にしてしまいなかなか勇気が出せないので、いつも「いいね」を押すのが精一杯です。

だから自分のつぶやきはしても、誰かを励ますようなコメントは全然書けていなかったんですね。

けど、流産ほぼ確定とわかった日に絶望のつぶやきをしたときにも「いいね」がもらえて、温かいコメントをいただけたときには、まるで仲間に肩を叩いてもらっているようで、涙が出てきました。

悲しみから何も手につかない自分が情けなくて辛かったときにも、「今は生きているだけでいい。何もがんばらなくていいんだよ」と言ってくれる流産経験者の先輩がいたことは、本当に支えになりました。

もちろん流産については夫もとても悲しがっていたし、私を楽にしようと珍しく苦手な料理をしてくれたり、息子を連れて出てくれたりしていましたが、

お腹に宿ってくれた命を失うという言葉にできない辛さや、生まれるはずだった命をたくさんの赤ちゃんの泣き声が聞こえる病院の中で取り出すことに対しての虚しさは、やはり経験したことのある人にしかわからないものでもあると思うんです。

そんなとき、同じような境遇の人とゆるくでもつながっていられたことは、私にとって精神的な支えになりました。

わりと早い段階で「今回ダメかもしれない」と悟ってしまった私が、2回目の流産という現実を自分は受け入れられるのだろうかと怖くなったとき、2回の流産を乗り越えて妊娠中のアカウントの人を見るだけで、ほんの少しだけ勇気が出ました。

たとえ会ったことがない人でも、自分がいま感じているこの辛さを乗り越えて前を向いている人がいるということ自体が救いになりました。

いや、むしろ会ったことがない人で、別に励ます義理もない関係だからこそ、励ましてもらえることが嬉しかったのかもしれません。

良くも悪くも年末年始という時間があり、いろんなことを考えました。自分にとっての幸せってなんだろうとか。

まだ答えは出ていませんが、無気力で無感動になってしまっていた最悪の時期は脱することができたように思います。

手術は来週なので、まだ全てが完全に終わったわけではないのですが、すべてが無事に終わるよう祈りつつ、前を向いていきたいと思います。

折れかけていた私を支えてくださった方々、ありがとうございました。

すべてが終わって元気になったら、今度は私が誰かを支えられる存在になれたらいいな、と思います。


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