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2023/3 気になった記事

高校生が職場で輝く時代。これ関われたの嬉しいな。偏愛は時代を作る。

Sonyのセンサーがsamsungより使われてる。iPhoneへの搭載が主な用途だがさすがカメラもaシリーズで走ってるだけある。

"何回かそのような質問に答えていて感じているのは、ピボットって起業するとかと同じぐらい結構重要な意思決定機会なのに、それを経験している人が少ないということです。あとはピボットして上手くいった時に、ピボット前の事業からどんな資産がピボット後の事業に引き継がれていたのかというような事例も実はそんなに目に見えて近くにはありません。ゆえに、具体的な事例として自分がピボットを検討する時の材料が足りないっていうのが、背景にあるんじゃないかなと感じています。"

日本企業でこういう活躍例がどんどん出てくると変わる気もするけど、まだまだ一例なんだろうな。

良い。

ライカ、買ってみたいけど鬼ほど値上がりしてる。買いたい時に買う、やりたいときにやるのが鉄則。

複数アプリでグローバルを目指すモンスター企業、Bytedance

"まっきゃんりーさんは、私と似ている気がします。無駄なものが好きなのに、自分のことになると無駄が許せなくなっちゃうんですよね。私もふんわり生きているように見られるけど、実は中途半端な状態が苦手です。ゆるい状態にいると、バリバリやっていた頃と比較して「自分、全然ダメだな」ってすごく落ち込んじゃいます。"

ダルビッシュさんのような実績を持つ人が、さらにアメリカから提言する事に大きな価値がある。外圧でしか日本は変われない。

"うーん……それは覚えていないですね。覚えていないんですけど、日々いろいろなことを考え、毎日毎日仮説を立てて、それを試してダメならまた次の仮説を立てるという生活を送っています。普通の人の場合だと、たぶん1日に1個の仮説を試すかどうかというところでしょうが、特にアスリートの場合はそういった仮説を立てることがすごく大事で、自分の場合は1日に5個、6個の仮説を立てて試します。それをずっとやっているので、どこで思いついたのかは全く覚えていないんですよね。"
毎日仮説を5-6個作る

"うちの会社の設置する方の営業のKPIはどれだけ雑談できるかなんですよ。商談が雑談なしでうちの製品の説明だけになっちゃうと信頼関係築かれないんですよね。
理想の営業はどういうものかっていうと、60分とったとするじゃないですか。もう50分間ひたすら雑談して、その人が元々何してて、どういう場所にいて、それで普通に友達になった状態で、そういえば僕営業で来たので一応営業もしときますねみたいなのが1番決まりやすい。業界に特化した営業ですね。"
"勢いは人為的に作ってると思います。(その根源は)違和感をめっちゃ大事にするみたいなところかなと思っていて。意味のないと思っているのに、惰性でダラダラやり続けるのが、一番モメンタムに悪影響出るので。ここ筋悪いなと思ったら徹底的にそれをやらないっていう。たとえばテレアポ100件やるぞって言って40件やったらあと60件やりたくなるじゃないですか。でも明らかに効果出ないぞみたいなのはちゃんと振り返って、筋が悪いことをしないことは結構意識しています。そうすると、ポジティブな事しかしないというか意味があることしかできないので、それで無理矢理勢いを出してるところはあるかもしれないですね。"
"それ言われますけど、めっちゃ(メンタル)弱いですね。エンジェルさんと話しに行くときにいろいろアジェンダを準備して行くんですけど、自分にとっての1番のアジェンダはそのエンジェルさんから元気をもらうことだったりするくらいです。それを勝ち取りに行くためのそれっぽいアジェンダは用意しておいて、とかは結構やったりします。そういうことしないと続かないぐらいメンタル弱いです。"

"誤解を恐れずに言うと、私は「さみしさを自覚しろ」と思う。恋人がいる人は多いが、恋人を好きな人は少ないと思う。好きで好きで大好きで一緒にいるというよりは、自分がさみしいから、自分に自信がないから、自分に経済力がないから、自分が空洞(愛されている実感の欠如)を抱えているから、それを埋め合わせるような付き合いをしている人間は多い。これ、いかがなものだろうか。それ、実際は結構苦しいんじゃないだろうか。心の一部に「諦め」が蓄積しないだろうか。と言うか、相手に失礼じゃないだろうか。自分を使って相手を幸せにしたいと思うことが愛ならば、相手を使って自分を幸せにしたいと思うことは、自己愛だ。これ、微妙じゃないだろうか。と言うか、本当の『好き』を体験することもないまま、貴重な生涯を終えることは、真の意味で『生きた』と言えるのだろうか。言えない気がする。あらゆるところで、常に誰かのせいにする自分に苦しめられる。結婚の動機は、愛情か打算の、どちらかだ。仕事も、恋愛も、打算で選ぶと、打算で死ぬ。
要するに「惚れ込みが足りない」のだと思う。このひとと一緒にいれば幸せになれそうだな、とか、このひとと一緒にいれば安定した人生を送れそうだな、とか、打算だ。逆だ。この人とだったら不幸になっても構わないと思えることが愛だ。幸せとは、幸せになろうとする先にあるのではなく、不幸になっても構わないと思う先にあるものだ(と言うのは極論なので、真に受けないでください)。人生を賭けるような相手じゃなきゃ、命を賭けたいと思える相手じゃなきゃ、張り合いもないだろう。妥協は、人間を骨抜きにする。打算は連鎖するから、打算で結婚した男女は、子供に打算を強要する。

この世で一番ダサいことは「誰かのせいにする」ことだ。逆に言えば、誰のせいにもしないで「ただ、やりたいからやっています」と言える人間は、清々しい。聞き飽きた正論、聞き飽きた理想を振りかざして「私は○○のために、この活動を続けています」だなんて、お前は生徒会長か。お前は風紀委員長か。お前はどの学校にも一人はいた優等生か。俺の、一番嫌いなタイプの人間だ。周囲に好かれること、周囲に認められることが人生の最優先事項になっている人間は、嫌いだ。なぜなら、嘘つきが多いからだ。実態を摑めないからだ。政治家の顔面が醜い理由と同じだ。嘘で、顔面が氷結している。あんな顔面になったら、人間、終わりだ。真の笑顔は、でかいものだ。真の笑顔は、もっとこう圧倒的肯定力のあるものだ。太陽みたいなものだ。


"途中、参加者の男性T様が「僕の話をしてもいいですか?」と言った。私には、男性に対して妙に厳しいところがある。細かい男代表である私は、彼に「話をしてもいいけど、その聞き方は微妙だと思う。話をしてもいいですかではなくて、自分の話をしたいから聞いてもらえたら嬉しいという言い方の方が、意志を感じるから俺は好きだ」と真っ向勝負で言った。微妙な違いだが、私にとっては結構違う。「僕の話をしてもいいですか?」という聞き方には、周囲の関心を自分に集める誘導(内向きのベクトル)を感じる。他者に許可を求めているような甘えを感じるのだ。それに対して「自分の話をしたいから聞いてもらえたら嬉しい」という言い方には、伝えようとする意志(外向きのベクトル)を感じる。前者には甘えを、後者には意志を感じる。"


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