見出し画像

子供の自殺が500人・・対策仮説

30代ぐらいまでの若い層の死亡原因のトップは自殺だそうな。児童生徒では交通事故がトップだがやはり自殺は多い。

大人になってみると、お金・異性・失敗・疲労など自殺のトリガーはある意味具体性がある。短期的な理由というべきか、「粘ってりゃ、上向きになれるんじゃないの?」的なところがある。情報や経験で対応できる様な面がある。

 ところが、児童生徒の場合は絶望のような時期が長く続くのだ。苦しみ抜いた挙句に自殺する。大人と違うのは、まだ世間や社会を知らない。ビールやセックスやパチンコも知らないわけで。キャバクラやカラオケに行って憂さ晴らしできないところだ。
 
 私が昔の私に言いたいのは、大人になると楽しいこともたくさんあるよってことだ。ただ、これは幸せの本質ではない。

中国では「この世で一番辛いのは、子供を亡くすこと」だと言う。

 私自身がいじめられっ子であり、また家族からも酷い扱いを受けていた者としてイジメを苦に自殺したくなる子供さんの気持ちをわかるつもりだ。狭い闇にどんどん押しつぶされる感じだ。
  
ようやく今になってそれを言語化できる様になった・・と言うべきなのか。

いじめる側といじめられる側

 

いじめは 無くなるのか?


 

まず、いじめは絶対に無くならない。残念だが、これは本能だ。


  不倫や托卵が無くならないのと同じ理由だ。

  人間は、死ぬのが怖い。その恐怖から逃れるために「承認欲求」だとか「マウント」が発生する。担当はオキシトシン。愛情ホルモンとも言われるが、生きることに執着し足掻くためのものだと言った方が良いのでは。

要するに「自分より社会的な価値の低い者を確保したい」のだ。

いじめる者といじめられる者。勝者と敗者。優劣がはっきりしている。

 いじめは、間引きされる恐怖の記憶なので無視されるとか机にイタズラされることなど軽微なものであってもズシンと落ち込む。

命に関わりがないことなのに、とても怖いのだ。

いじめる側・・それをみる者たち

 「来週、誰か一人間引かれる・・・私かも・・・」そう言う時代が続いた。そして、その誰かは村の存続に負担をかける・・食料の獲得に貢献度が低い者・・・大病・動けない・集団行動が苦手・・老人が選ばれる。

 そんなとき、明らかに自分より劣る・・猪を狩れないとかイジメられる者が居れば・・来週は自分の番ではないと思える。

 ラッキー!小躍りして鼻歌を歌いたくなる。


イジメも同じだ。30人の嬉しさが、たった一人の恐怖と絶望で叶うのだ。

 クラス全員がオキシトシンの作用で明るくなる。雰囲気が華やぐのだ。クスクスと笑えるのは、いじめられっ子を嘲ているのではない。自分に生きることが許される喜びであり快感なのだ。
 教師の中には、自らいじめられっ子を作る・・クラスがまとまるから・・自分の仕事が楽になるから・・者もいると聞く。

 組織というか集団は、人が集まる場所だ。そこに受験ストレスが強ければイジメの凄惨さは強くなる。警察や自衛隊の皆さんは緊張がきつい分、またいつまでも出世社会でもありイジメも凄惨なのだ。

家庭が大事になってくる

 
 大勢の長年の教育関係者や実力者たちの努力にかかわらず、児童生徒のイジメ自殺は着実に増えている。と言うよりは認定がされやすくなったと言うべきか。
 年間500人の児童生徒が自殺で亡くなるということは、同じ数だけの子を自殺で無くしたお母さんも増えていくということだ。

 大人は、家庭・職場・その他がある。その他とは飲む打つ買う・趣味や憂さ晴らしの時間がある。この中で毎日生きるためのバランスを取っている。

 子供には、学校と家庭しかない。学校と家庭、両方で地獄ならその恐怖とストレスで、そりゃあ死にたくなるよ。

 家庭は、とりあえずずっと一緒にいる。だから家族同士愛し合っている・・・そんなのは現実にはレアだろう。

 母親は子供にとって、生殺与奪を握る暴君だ。また、兄弟姉妹の間ではその寵愛を受けるための競争がある。家庭でも子供は緊張状態に置かれる。

 家庭には事情もあり、お忙しい家庭・貧困に喘ぐ家庭もある。

母親にしてみれば、忙しく若く世間知も浅くホルモン的にも慌ただしい。

だから、子供に対して無責任で不用意な発言を日常的にすることはある。
「あんたなんか産まなきゃ良かったのに」「なぜ、一番じゃないの?」それは、ある程度仕方がない。女性特有の向上心・・これはまさに承認欲求・・・オキシトシンの作用。ストレスを受けるお母さんこそ、それが強くなる。

お母さんに伝えたいこと

 学校で地獄の様な目に遭って、家庭でも・・にならないために・・。
貧乏でも、暴力をふるっても暴言を吐いても良いでしょう。豊かで暖かな日常は、ほとんどの人にとっては幻想だ。
 お母さん自身の日常は、バタバタなのだ。

だから、ボーリングで言う「センターピン・一番ピン」のことをお伝えしたい。

ここだけ、5回読んで欲しい。

⚫︎赤ん坊も無垢ではない・・価値観や信念などの感情・行動規範を携えて生まれてくる
⚫︎人によって価値観や信念・感じ方は違う
⚫︎人間関係からみれば、それは好き嫌い・時間的空間的距離感の違いとなって現れる。
⚫︎この価値観は細かく掘り下げるべきもの、ある程度ざっくりしたグループ分けは可能だ。


 お母さんにとって、一番難しいのは⚫︎人によって価値観や信念・感じ方は違う・・ことを理解することだ。

 自分が正しい・・だからあなたは間違っている・・となりがちだ。

 例えば、貴女が猿だとしよう。子供がイルカなら、木登りを無理に教えてはならない。これほど愚かなことはないのだ。・・・これを理解していただけるか?

 じゃあ、子供の・・・あるいは私の「価値観」とやらは?

  拙スマホアプリ、HappyHackで(2ヶ月無料・・3ヶ月目から月150円だがその前にやめて貰えば無料)お子様だけでなく知人の全てのコア=コードをみると良い。

 そこでコア=コードを手帳に書き付けることだ。

 そしてその性質や考え方の知識を少しづつ、拙NOTEなどで蓄積すれば良い。

 なぜこの子はこう考えてしまうのか?がわかる。

諦めるべきポイント・期待して良いポイントを知ることができる。

これはご主人やご両親・義両親にも活用できる。

 大袈裟に言えば、お母さんの毎日がグンと楽になることは請け負える。

まずはお二人は違うものだ、と認める・・それからお子さんとお母さんのそれぞれを知ることだ。


人同士の違いとは何か?

 人間は脳内麻薬にコントロールされている。機能的にそれが偏ったりすれば障害になったりする。

 古来から人間は、知情意が人間のほとんど全てだとしてきた。

どう感じる?どう考える?どう動くか?だけだ。

それが、価値観や優先順位になる。

 で、大きく分けて3つ。

感じるのが強い人は、涙脆いし景色に興味が湧きやすい。

考えるのが多い人は、脳が疲れるので一人で落ち着きたい。

動くのが多い人は、やってみたい。やってみなきゃわからない・・となる。

人とは遠めに接したいのは知の人に多い。

「すぐにコピーしてちょうだい。」への
意の人は3秒以内に立ち上がる。
知の人は、「カラーですか?何枚ですか?表裏にしますか?」と聞いてくる。
情の人は、「このお茶を飲み干してから、行きます」と思っている。

こららの量的な配分によって、その人の価値観は確定する。

お母さんとお子様の組み合わせ

お母さんが意の人・・行動重視
 知のお子さんを冷たいと感じる。
 情のお子さんを弱い・グズと感じる。優しいが遅いと。

お母さんが知の人・・逆算思考
 情のお子さんをだらしないと感じる。
 意のお子さんを考え足らずだと感じる。

お母さんが情の人・・気持ち・感性重視
 知の子の考えていることがわからない。表情が読めない。
 意の子は落ち着きがなく乱暴だと感じる。


お母さんは大変だからこそ

それどころか、お子様のあり方に納得ができる。

他のお子さんと比べる必要がなくなる。

お子様への罪悪感を持たなくて済む。


子育ては24時間・ワンオペ。本当にありがたいです。それは偉業だ。
特に現代日本は、お母さん方を追い詰めている。お母さんに厳しい。
大昔のように、村で連帯協力して子供達を見守る時代ではないから。
ほんの1時間でも安心して眠れない。

そんな中でも、自他の価値観・・・特にお子様やご主人の価値観を知れば相当に楽になる。

断捨離はやりだが、必要以上の気苦労も断捨離しませんか?


※「ご主人」との言い方は、仏教におけるダーナ・財施してくれる人→昔の日本は一部の大金持ちが大勢の女性の面倒を見た→旦那とか主人とか言った。男女平等の時代に悪しき言葉だ。だが敬語としては、これしかないので。

※多くの教育関係者の奮闘は尊い。だが、無情にも毎年のように児童生徒の自殺は増加の一方だ。親にしてみても、生きていくのに必死で精一杯。それでも、簡単な知識でお子様を守れるかも知れないのだ。
 なんとか、早いうちにお子様の価値観に沿ったお声がけ・褒め叱りをしてもらいたいところだ。それは、わがままを許すことではない。生きるとは、他との比較ではなく自分の信念のみに従うことなのだ。これは生命と等価だ。


最後まで、お読みくださり本当にありがとうございました。

よろしければサポートお願いします。世界中の子供たちを彼らの親から守るために使わせていただきます。