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元製薬企業研究者による再生医療講座~⑤異種間移植という手段~

こんにちは、イトーです。
今回も、勝手に再生医療シリーズをお届けしていきたいと思います。

先日、ヒトへのブタ心臓の移植が成功したという衝撃的なニュースが流れました。異種移植は、古くから考えられてきたコンセプトでしたが、とうとう成立する時代が来たか思われました。

今回は上記ニュースの背景やその後の経緯をおさらいしたうえで、今後の研究開発がどうなって行くか予想していきます。

異種移植という禁忌

過去のNoteで、臓器移植の原型は、古代に行われてきた輸血の検討にあると述べました。あまたの犠牲を伴いながら輸血成功の為の理論が構築されていきましたが、その中で、免疫という概念が生まれました。

私たちの体は、自分以外の有害な物質や生物を受け入れないようにできています。なぜならば、異物を取り込むことは正常な健康状態を保つための体の恒常性を破綻させたり、悪性の外来生物の増殖を招く事となるからです。

そのため生物の体には、異物を認識し、排除する仕組みとして、免疫が存在しています。免疫とは、白血球、T細胞、B細胞などの細胞によって担われている自己/異物認識と排除の仕組みです。

免疫には「自然免疫」「獲得免疫」が存在します。

自然免疫では、白血球(マクロファージ、好中球など)免疫細胞が異物を認識し、「貪食」という直接攻撃・排除する行動をとります。

そして、この貪食によって異物の目印・情報を体は記憶をすることになり、2回目以降同様の異物が来た際に迅速に、免疫反応を起こすことができる獲得免疫が成立するようになります。

獲得免疫では、樹上細胞が異物の情報を、ヘルパーT細胞、キラーT細胞に伝え、キラーT細胞は直接異物を攻撃し、ヘルパーT細胞は抗体によって異物を攻撃するB細胞を助けます。これにより、情報を記憶している異物を効率的かつ迅速に排除する事ができます。(余談ではありますが、この獲得免疫こそが、ワクチンの防疫性を担保するメカニズムです。)

上記免疫は、細菌やウイルスといった微生物だけでなく、細胞や組織など大きなものでも同様に働きます。わたしたちの細胞表面にはMHC(ヒトではHLA)抗原と呼ばれるたんぱく質が発現しており、これが個体認識の識別標識として働いています。

ヒトでは、血球上に発現している抗原の種類に従って、A, B, O, ABと血液型が分かれており、異なった型の血液を輸血されると、輸血された血が免疫反応により攻撃される(と共に、少量ながら輸血に含まれている他人由来の免疫細胞が悪さをする)為に、拒絶反応が起き、体調が悪化します。

そして、臓器移植の場合も同様です。発現しているMHC (HLA)が合致しない臓器を移植した場合は、拒絶反応によって異物である移植臓器が壊死すると共に、その悪影響が全身に及ぶこととなります。

人間同士の臓器移植でも、拒絶反応が起きるので、異種の臓器を移植した場合の結果は容易に予想できるでしょう。

しかしながら、人類は19世紀初頭から異種移植を研究してきました。なぜなら、人間の臓器を移植するためには、他人の臓器を取り出す必要があり、生命に直結する臓器である場合、死亡者から臓器を得る必要がるため、移植機会が極端に制限されているからです。
ならば、他の動物で代替しよう、ということです。

史実上では、1905年にPrinceteauが腎臓機能不全の小児にウサギ腎臓の切片を移植した例が、公的な文書に記録されている公式な事例とされています。その後、免疫の概念が成立したことで、異種移植に関する関心は薄れましたが、1950年代に免疫抑制剤が発見されたことで、再度、異種移植への熱狂が復活しました。

人間に動物の臓器を移植するのはもちろん、その逆も多く実験がなされてきました。2015年に、Ganogen研究所の研究者が、人の胎児の腎臓をラットに移植し、機能が維持され、ラットがきちんと成長することを確認したと報告されています。

しかし、これまで人間への動物臓器移植は一切成功してきませんでした。人類を、長い歴史の中で守ってきた免疫という守護神を、いまだに自らの手で打ち破ることはできていないのです。

異種移植コンセプトの現状

人間への異種移植において、もっとも好ましい動物はサルなどの霊長類です。なぜなら進化的に人間に近く、免疫的なハードルも比較的低いと考えられるからです。

しかし、サルの場合は、繁殖力が低く、臓器も人間より小さい、種によっては絶滅危惧状態などの問題もあります。その為、いまでは繁殖力が強く、成長も早く、臓器の大きさや生理的・解剖学的な臓器の機能が人間に近しい、ブタが最も理想的なドナーとなり得ると考えられています。

前セクションでは、"異種移植は一切成功していない" と述べましたが、ついに、このブタの臓器をヒトへ移植する実験が成功したとの報告が、2022年1月に、アメリカのメリーランド大学医療センターからなされました。

デイヴィッド・ベネットさんは、末期症状の心臓疾患であると診断されました。治療の術は臓器移植しかありませんでしたが、残された予想余命はあまりに短く、移植ドナーが見つかる可能性は非常に小さいものでした。

そこで、大学病院と患者双方の合意に基づき、ブタの心臓を移植する事を決定しました。そして、予後観察2週間を経て、重篤な副作用が無く、手術は成功したとの報道が大々的にされました。

しかし、その2か月後の2022年3月、デイヴィッドさんが亡くなったと追加報道がありました。その死因は、明らかにされていませんが、高齢であったことから様々な要因が推測されます。免疫拒絶反応が起きた成果もしれませんが、例えば、手術後の感染症・その他随伴疾患、高齢のため手術に体力が持たなかった、などです。

その為、今回の方法で本当に臓器移植が可能であったかは、さらなる事例検証が必要です。

今後の移植医療の形

異種移植を裏付ける技術としては、現在2つだけ存在しています。つまり、「①異種免疫を回避するためのドナーの遺伝子改変」と「②胚盤胞置換法によるヒト臓器のクローニング」です。

①異種免疫を回避するためのドナーの遺伝子改変
先のセクションで述べた通りに、異種の細胞は、免疫抗原の違いにより同一性/相違性が認識され、免疫拒絶反応が起きます。この免疫拒絶を起こさせないために、動物の免疫系の遺伝子を、人間の免疫システムから逃れられるように改変した動物を作る方法です。

基本的には、受精卵の状態で遺伝子を改変し、適切な時期まで育ててから移植を実施する事になるために、ブタのように成長が早い動物が適しています。また遺伝子改変は、非常に低確率で起こるために、繁殖力の高い動物である必要があります。

②胚盤胞置換法によるヒト臓器のクローニング
この方法は、動物のからだの中で人間とまったく同じ臓器を作らせる方法です。遺伝子改変と同様に受精卵の段階で、臓器を作る為のプログラムが規定されている遺伝子を破壊してしまいます。

そのことにより、遺伝子破壊された動物は、該当の臓器ができずぽっかりスペースが空いた状態になってしまいますが、このスペースにヒトiPS細胞などの多能性幹細胞を打ち込むと、なんと人間の細胞によって構成された臓器を作りだすことができます。しかも、この臓器はきちんと機能し、動物は正常に成長する事が証明されています。

しかし、この胚盤胞置換法は、まだげっ歯類(マウスやラット)でしか、成功していません。今後ブタなどの大動物で検証が行われていくはずですが、続報が無いことを見ると検証は難航しているようです。

今回のデイヴィッドさんの例では、①の方法が取れました。すでに述べたように、デイヴィッドさんの場合は、この①による異種移植の成否は闇の中です。今後、同様の実施例を重ねて検討していくほかありませんが、デイヴィッドさんのような例は稀有ですし、今回の死亡例が患者さんの研究協力へのモチベーションを削ぐ可能性はあり、まだまだ再検証にも時間がかかるでしょう。

また胚盤胞置換法も、大動物での研究は難航しているようです。

上記より、異種移植については最低でも5-10年しないと、本当に使える技術かどうかすら定かにならない段階でしょう。異種移植と、ヒトiPS細胞から臓器を作る再生医療のどちらが、実現性が高いかというとどっちもどっちで、同じような時間軸で実用化できるかできないか確認できるくらいじゃないかな、と思います。
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以上、今回は異種移植という、かなりぶっ飛んだ領域のお話をしました。結局、現代医療はかなり進化したけれども、長い進化の過程で築き上げられてきた私たちの体のメカニズムを、人間はいまだに制御しきれていない、という事が良くわかります。

今回のお話は、Podcastでおもしろおかしく?サマリをお話しています。こちらにも足をお運びくださるとうれしいです!次回は3/21月 公開予定です!!
https://t.co/3g5U7ZxdFJ?amp=1


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