穏やかな自己闘士

こんにちはレインです。
今日も今日とて書いて行こうかなと思います。

本日のテーマは「穏やかさと激しさ」についてです。
いや、違うな「私の願い」についてです。
いやいや、興味ねーよって話だと思うんですけど(笑) 

まぁ、ちょっと聞いてくださいよ(時間があったらね)

私は常々「穏やかに生きていきたい」「穏やかな人生を歩みたい」と思っているのですが…如何せんHSPなもので。

この現代社会で生きていく上では厳しい事が沢山あります(笑)

まぁ。あります(皆さんもあると思います。)


そういった状態にさらされていると
「なんだかんだ言って、心穏やかに生きるって難しいんだろうな」と
「この望みは一生達成されないんだろうな」と

そんな事を考える日も当たり前にあり…

なんなら
「だったら、生きていくというのは、辛い事の方が多いのだから死んでしまっても良いんじゃないか」とか
「学ぶことを止めて、考える事を諦めて、遊べるだけ遊んで、無知なふりして、無知であることにして、よくある、悲しい一生を終えれば良いのではないだろうか」とか

そんな事を思ったりすることも多々あります。

あるったら、あります(みんなにはない事を祈ります 笑)

というか、今日という日がそれです。 
今日は「その日」でした。


まぁ、今日は、書かなくても良いかなって。
言語化とか、思考訓練とか、(あわよくば収益化とか)
そんな事よりも、ゆっくり休む方が大事でしょうと。

そりゃそうなんだけどさ。それは…そうなんだけど。


やっぱり、そんなことは今まで何百回と繰り返して生きてきている訳です。
もはや、当たり前に一定期間ごとに、ことあるごとに、想いながら生きてきている。

ならばこれはもう、諦められていないのだろうと。
いつかきっと「「穏やかなる日」が来るはずだ」と。
「穏やかなる日々を自分の手で作り出せる日が来るはずだ」と。

そう、どこかで思ってしまっている。
描いてしまっている。

だから、その為の行動を。そこに近付くであろう行為を、
どうしても、止めることが出来ない。
自分に背中を押されてしまう。
(そんなことはない)(恐怖体験やん)(ドッペルゲンガーかも知れない)

そんな事を考えるついでに思い出してしまった事がもう1つ。


「表側だけ、裏側だけ、そのどちらかだけでは、物事は存在しえない。」
という事。


短所が無くなった時、長所も無くなるように。
死がなければ、生は輝けないように。
絶望しなければ、希望が見えないように。

穏やかに生きる は 激しく生きる があるから成り立つ。
穏やかだけで生きていく。 なんてことは不可能なのだと。

では、私の「激しさ」はどこに持っていこうか。
穏やかに生きる為、どこに激しさを据えようか。
そんなことをずっと思い悩んで居たのです。

過去と未来
自分と他人
表面と裏面
精神と肉体
思考と感性

二項対立は色々ありますから、
今激しく生きて、晩年に穏やかな死を送るのか
自分が穏やかにいる事で、他人に激しくいて貰うのか
表面上は激しく、心の底では穏やかなのか
心は穏やかに、身体は激しく動いているのか
思考は穏やかで、感覚は激しいのか。

そのどれでも、穏やかさは実現できる。

でも、やっぱり裏と表が寄り添うように。
穏やかさと激しさも寄り添っていた。


私の答えは「穏やかに生きる為、激しく生きる」という事。

そもそも、HSPじゃなかったら「穏やかに生きたい」とか思わないでしょうねっていう(笑)

HSPじゃなかったら、内向型じゃなかったら、
「穏やかな事は退屈で、激しい事はワクワクする」に違いないのです。

だから、穏やかに生きたいというのは、激しいのが疲れる。というだけの話で。それ以上でも、それ以下でもない。

HSPじゃなく、どんどん刺激的な事を楽しみたい人でも、いつかは睡眠をとらないといけないように。

穏やかに過ごしていたい私も、ここぞの場面で戦える必要がある。


非HSPの人が、激しさを楽しむため、ゆっくりと休まなければならないように

私もまた、穏やかな日々を過ごす為、それを守ることが出来るだけの実力を身に着ける必要がある。

変な人と関わらなくても生きていけるだけのコミュニティかもしれない
どんな時でも歩き続けられる強靭な精神かも知れない
或いは、多少の事では脅かされない資本かも知れない。
それらを築いていく為に必要な、思考力…あるいは人間性かも知れない。

鍛錬とか修行って、穏やかにやるものじゃないと思うので(笑)
穏やかになる訓練は必要かも知れませんが(マインドフルネスとかね)

どちらにせよ、HSPか否かに関わらず。
快楽の為に、痛みを引き受ける必要がある。
痛みを避ける為、快楽を避ける必要がある。

どちらかだけでは居られない。どちらかだけでは生きられない。

だから、人としての器を大きくするべく、少しでも前に、あと一歩先に。
少しでも受け止められる事を増やす為に、強い痛みを、強い快楽を。

そんな事を考えながら、そうなって居たら良いなと願いながら(笑)
ほんの少しだけ、そうなっていくのだという思いを乗せて、

少しずつ、少しずつ、成長していくのだと。能力は増していくはずだと。
そう信じて。

さぁ、今日も生きようか。
また明日も、明後日も

いつか、どこかに辿り着くまで。  どこにも辿り着かなかったとしても。


PS. 
弱者の反撃こと、バンプオブチキンの曲が好きです。
三月のライオン ファイターが好きです(アンサーも好きです)

あ、プロフェッショナル仕事の流儀「progress」も大好きです。

世界中にあふれているため息と
君と僕の甘酸っぱい挫折に捧ぐ…

‘あと一歩だけ 前に 進もう。‘


そんな風に、生きていこう。

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