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機械的なワークじゃなかった

携帯会社のコールセンターに勤めていたことがある。

–––というと、「クレーマーが多いんでしょう?」「マニュアル仕事なんだってね」と返されることが多い。どうかすると、「人を騙してお金を稼ぐ仕事なんて最低」となじられることもあった。

そのどれに対しても「ちがうよ」とハッキリ否定するのだけど、あんまり信じてもらえない。

まぁ、いいか。

とそのたびに思う。

あの仕事の喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、かつての同僚とだけ分かち合えればそれでいい。
誇らしい仕事だったことは、わたしだけが理解していればそれでいい。

それに。わたしは辞めてしまった仕事だ。
いくら美しい言葉でフォローしたって、結局わたしは続けなかったわけで、どこかしら欠点のある仕事だったとわたしの経歴が物語っている。「そんなに良い仕事なら続けてれば良かったじゃない」と言われるのが関の山。自分は見切りをつけている一方で賛美してもらおうと願うのも、なんだかおかしな話だ。

だから、まぁ、いい。

けれどもいつか今の仕事を辞めたとき、また戻りたいなと思う職業でもあるので、
そのときに備えて、自分自身の備忘録を書いておこうと思う。喜びと楽しみだけじゃなかったこと。怒りと哀しみだけじゃなかったこと。それぞれを踏まえて、決断できるように。


今でも大切にしている教え。どの上司にも先輩にも訊かれて、どの後輩にも最初に訊き返す一言目。

「お客様のニーズは?」

部署全員の口癖だったと言っていい。

たとえば「ネットに繋がらないんです」と入電があったとする。
口癖が身に付いていない新人は、「機内モードになっていませんか?」「圏外ではありませんか?」「電話は繋がりますか?」とせいぜい2,3の質問をして、全てにYESが返ってきたら、白旗を挙げることだろう。

白旗に駆けつけた上司は必ず言う。

「それで、お客様のニーズはなんなの?」

新人は言葉に詰まる。
言葉に詰まるから新人なのだ。
そうすると上司はもう一度問う。

「お客様が何をしたいのか訊ねてみて」

新人は言われるがまま、保留音を解除して、お客様に訊ねる。
せめて研修を卒業しているなら、こう言い換えることができるはずだ。

「お客様、ネットが繋がらないというお話でしたが、お気づきになったきっかけを教えていただけますか? メールや、SNS、何をしているときにお困りになりましたか?」

最短2ヶ月、人によっては半年以上の研修。このぐらいはできていてほしい。
お客様は「なんでそんなことを訊くんだ?」と訝しむようなトーンを混ぜて(なんなら直接不満を口にされたあとで)、しぶしぶ、きっかけを教えてくれる。

「YouTubeです。動画を見たいのに、突然再生されなくなって困ってます。」

リーチだ!
ニーズをゲット!

お客様は「動画を見たい」。
新人はすぐに原因を思い浮かべる。
見守っていた上司も自席に戻る。
新人はお客様のお話を伺いながら、パントマイムで上司に頭を下げるだろう。そしてお客様に、そっと原因と解決策をお話しする。

「お客様、試していただきたいことがございます。LINEなどでお友達にご連絡はできますか?」
「え? あぁ、はい。できます。使えないのはYouTubeだけです。」
「YouTubeのアプリに問題がないか確認するため、一度Safariから動画を検索して再生してみていただけますか?」
「うーん、やっぱり動画は再生できないです」
「お客様、そうなりますと、ネットは繋がっているけれど動画が再生されないということが分かりました。通信制限がかかっていないかお調べいたしますので、お時間いただけますか?」
「通信制限か!それは失念してました!」

解決。

「ネットが繋がらない」だけじゃ、辿りつかなかったかもしれない真実。
「お客様のニーズ」ってだいじだ。
言い換えれば、「お客様の物語」。なにを思って、いつ感じて、どうしたいのか。
お客様の背景を掘り下げるのは、うっかりすると、時間がかかるように思える。お客様もそう考えていて、短時間で済むように、物語性を排除して、結論だけを問う。

「ネットが繋がらないの、修理してもらえる?」

みたいに。真のニーズは無意味なものだと思い込んで、お客様自ら隠してしまう。本当は逆なのに。

もちろん。

「ネットが繋がらない」ことを理由に、修理を受け付けるのは簡単だ(修理代はかかるけれど)。
修理の手続き途中で通信制限に気づくこともあるかもしれない(何日も経ったあとだろうけど)。
10年選手のベテランオペレーターなら入電から5秒で判断がつくこともある(ベテランがオペレーターしてる珍しいケースに限るけど)。

だから。物語を掘り下げた方が、より良い解決に繋がりやすい。


物語はどんどん語っていくべきで、
物語はどんどん聞き出していくべきだ。


お客様一人ひとりに物語があることを、わたしは実感を持って知っている。

ネットに繋がらなくて困っていたお客様は、アイドルの会見中継を観たがっていた。だからとっても急いでいて、翌日を待って店舗に行くことなんてできなかった。あとからお礼のお電話をくださって、活動休止会見に立ち会えたとご報告いただいた。

LINEのダウンロードをお手伝いしたお客様は、ビデオ通話で海外に住む娘と孫の顔を見たいと仰っていた。

古いケータイからスマホにデータ移行したお客様は、亡くなったご主人のお写真1枚だけを大切に、丁寧に、移行完了まで見守っていらした。

震える手でカメラを練習なさる何日か、付き添ってお手伝いしたこともある。引き払う家の外観、家具、ご家族の笑顔を、新しいスマホに収めたいのだと仰っていた。「スマホから印刷もできるんですよ」とお声がけしたときの、「そんなに難しいことできないよ」と悲しそうなお声は忘れられないと思う。

クレームもたくさん受けた。
だけどクレームにも物語があった。

マニュアルが役に立つことは少なかった。
物語に適応できないからだ。

無茶なお願いをされることもあった。
難題すぎて憤りを覚える瞬間もあったが、ぐっと堪えて物語を聴くと、手助けするべきだと思えた。


安原健太さんのエッセイ、【Papers,Please.あと自由も】に登場する‘主人公’も、機械的なワークを繰り返す中で、物語に出くわすとつい願いを聞いてしまっていた。

 何の言い訳もせず、ただの書類の不備で帰っていった人たちもたくさんいる。彼ら彼女らになかったのは書類ではなく、物語だ。
 物語がある人は、腕を振り声を上げ、いくらでも登場人物然としていられる。物語がない人は運命を飲み込むことしかできない。
 物語がある人はずるいし、物語がない人はかわいそうだ。


そうなのだ。
物語がない人はかわいそう。
だから、お客様からなんとしても物語を聞き出さなきゃいけない。

だから、みんなの口癖だった。

「お客様のニーズは?」


毎日十数人の物語に触れた。
年間でいうと4000近い物語があった。

覚えてない物語も、
救えなかった物語もある。

それでも全部に寄り添った。
お客様と喜びも楽しみも分かち合って、
お客様と悲しみも怒りも共有した。

だけど、知らない人からは「機械的なワークなんでしょ」って言われてしまう。

マニュアル仕事でかんたんな。
冷たい態度でさばいていく。
嘘をついてばかりの。
そういう、“機械的なワーク”

ちがうよ。

機械的なワークなんてどこにもなかった。

機械的であれば、あんなに悲しいことなかったのに。あんなに苦しいことなかったのに。あんなに後悔することなかったのに。あんなに憤ることなかったのに。あんなに悔しいことなかったのに。

あんな物語に、触れないで済んだのに。

機械的なワークじゃなかった。
だからつらくて、辞めたんだった。

「亡くなった祖父の笑顔の写真を印刷したいんです。」と相談されたけれど、写真が入っていたガラケーは充電もできず、印刷機器にも対応していなかった。遺影の、かしこまったおじいさまにしか会えなくなったあの方の悲しみに、わたしは「申し訳ございません」と頭を下げるしかなかった。電話だから見えなくたって、頭を下げるしかなかった。

機種変更がしたいとご連絡があった。「新しいiPhoneでAppleIDのログインまで済んだんだけど、ここからどうやったらデータを復元できるの?」と質問を受け、くわしくお話を伺ったけれど、前のiPhoneでバックアップを取っていないことがわかった。しかも前のiPhoneはすでに初期化してリサイクルに出していた。なんにもできなかった。こちらの不手際ではないので、謝ることもできなかった。茫然自失のお客様に、電話を切るよう促すしかなかった。どれほど大切なデータだったかお話を伺っても、本当に、なんにもできなかった。

ほとんどネットを使っていらっしゃらないお客様に、「低額プランに変更なさるのはいかがですか?」とおすすめしたら、コンマ5秒で、「詐欺師め!騙そうとしても無駄だ!陰湿な卑怯者!!お前みたいなやつがいるから日本は良くならないんだ!!淫乱!」と怒鳴られたこともある。びっくりして、何秒か反応ができなかった。さっきまで楽しくお話ししていたと思ったのに。もっと喜んでほしかったのに。だけどこっちの"言い訳"を伝えるのは、ルール違反だ。上司に電話を代わってもらう手もあったけど、上司だって悲しい気持ちになるのは同じだ。だって、だれもそんな訓練してない。ただ心に蓋をして、麻痺しているかのように振る舞ってるだけで、本当はみんな、お客様の物語をより良いものにしたいと願っているんだから。「不快にさせてしまい、大変申し訳ございません。差し出がましい意見をしました」そしてまた、頭を下げるしかなかった。

物語はどんどん語っていくべきで、
物語はどんどん聞き出していくべきだ。

だけど、ぜんぶが幸せに繋がるわけじゃない。

それでも、心を砕いて物語を問う。


だって機械的なワークじゃなかったから。


機械的なワークなんて、どこにもないから。

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