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朝食マンハッタン(#こんなに好きなんだぞ)

 何度か書いているような気がするけれど、わたしは松田聖子さんが大好き。

 忘れもしない、1982年の大晦日。紅白歌合戦。当時噂のあった郷ひろみからのバトンを受け、ゴンドラに乗って登場した聖子ちゃんは「トゥルリラートゥルリラー」と「野ばらのエチュード」を歌った。そのはてしなく伸びやかな歌声に魅了されたときから、わたしは聖子ちゃんが大好きだ。わたしは小学校にも上っていなかった。

 どこが好きなのか。もうどこもかしこも好きなのだけれど、わたしにとって松田聖子という人は、アイドルという概念を具現化したものなのだ。

 聖子ちゃんといえば「ぶりっ子」。ぶりっ子というのはなにかと言えば、それは「〇〇ぶる」ということで、なにかのふりをする、ということだ。ここでは「かわいい子ぶる」とか「けなげな子ぶる」というようなことだ。決して「荒ぶる」とか「高ぶる」とかそういうことではない。(同様の「ぶる」は男性の「ワルぶる」などでも見られるが、ワルぶってる男性を「ぶりっ子」と呼ぶことはたぶんない)

 さて、このぶりっ子。わたしはこのことを「あざとい」と表現する。わたしが思うアイドルとは、あざといものである。聖子ちゃんはアイドルであるということに全力だ。どこまでもかわいいを演じる。あざとい。そこがいい。

 聖子ちゃんは1980年4月に、前月に引退宣言をした山口百恵からのバトンを受け継ぐかのような神がかったタイミングでデビューした。偶然までも味方につけた天性のスターである。世紀の大スターが引退した翌月に登場するんである。どういうことなの。

 山口百恵が少しニヒルなワルっぽい方向のいわばアンチアイドルだったのに対し、聖子ちゃんはど真ん中アイドルとして登場する。あざとさ最初から全開。ぶりぶりである。

 この、どかわいい方向で登場したアイドルは、1984年にとんでもない歌をリリースする。それがここで紹介したい曲、「マンハッタンでブレックファスト」だ。

 歌詞を追いかけてみる。

ガラスの向こうは青い摩天楼
霧のようにきらめいてる

 Aメロ8小節。マンハッタンであるからして摩天楼だ。霧のようにきらめいているんである。

目覚めると横に見知らぬ寝顔が
あなたは誰? 覚えてない

 Aメロ9小節目からは、メロディはリピートしつつ歌詞はこのようなことに。冒頭9小節目にしてこの不穏さである。目覚めたら知らない人が横に寝てるのだ。不安になりながらBメロに突入する。

ゆうべ バーボンで上機嫌
あとは記憶さえ消えてる

 Bメロは高音の長い音符で持ち前の伸びやかな歌声を披露する。しかし歌っている内容がこれ。えーと。これはいったいどういうことでしょうかお嬢様。記憶がなくなるほどお召し上がりで?バーボンを?

 ここでメロディは一旦落ち着き、サビ前の準備のように静かになる。

熱いシャワー浴びなくちゃ

 ええ。ええ。熱いやつを。ぜひお浴びになったほうがよろしゅうございますね。なにせバーボンを飲みすぎて誰かわからないやつが隣に寝ているわけですから。

 こんな状況でありながら、歌はあっけらかんと明るいサビに突入する。

マンハッタンの恋は偶然
こんなことよくある話
朝食は熱いカフェ・オレ
トーストにためいきを乗せて

 え。お嬢様。こんなことがよくおありで?それはいくらなんでも少々まずいのではないかと。トーストにため息ってステキなフレーズですが、ため息をつきたいのはこちらでございます。

 歌はここから8小節の間奏を挟んで2コーラス目に突入するわけですが、「熱いシャワー」を浴びたことによって少し記憶がですね、もどってまいるわけです。

誰か友達に紹介されたの
今ぼんやり想い出した

 さようでございますか。友達に紹介されたということはまるっきり知らない人というわけでもないのですね。しかしぼんやりとしか想い出していないわけで、あれもこれも定かではないと。しっかりしてください、お嬢様。

出会ったばかりで かなり不謹慎
ママが見たら気絶するわ

 ふふふふふ不謹慎ですと!?不謹慎なんてもんではございません。不埒でふしだらでああもう。ママでなくても、わたしでも気絶しそうです。

 そして二番のBメロ。例の伸びやかなメロディでこのようなことに…。

だめね アルコール控えなきゃ
かなり深刻に落ち込むわ

 ほんとに?落ち込んでるのです?明るく澄んだ歌声はすがすがしいばかりなのですが。

名前さえ聞いてない

 いえ。記憶が定かではないので、名前は聞いたのかもしれません。覚えてはおられないのでしょうけれど。名前も知らないままそのようなことになるということがありましょうか。あるかもしれませんね…。

マンハッタンの恋は偶然
よく見ると好みのタイプ
朝食を一緒にいかが
私たち仲良くなれそう

 ええと。つい8小節ほど前には「深刻に落ち込む」とおっしゃっていましたが、「よく見ると好みのタイプ」ってあまり反省が見られませんね。結果オーライ的なにおいを感じますが。お嬢様。お嬢様?

 そして4小節のキメからサビへとダル・セーニョ。

マンハッタンの恋は偶然
目覚ましを耳に近付け
思いきりベルを鳴らせば
おはようと瞳をあけたわ

 こんなことを申し上げるのは野暮ですが、あけるのは瞼であって瞳ではございません。そしてサビはそのままリピートで、普通なら「マンハッタンの」の部分をかぶせてオーバーダビングするような部分を、この歌では取り除いてありますね。

恋は偶然
こんなことよくある話
朝食は熱いカフェ・オレ
トーストにためいきを乗せて

 このラストのサビのリピートアレンジは最高に良い。この時代の歌にはラストでサビを繰り返すとき、重なる部分はオーバーダビングするものが多かったのに、この歌ではそれをしていない。「瞳をあけたわ」の最後をのびのびと伸ばし、「恋は偶然」から入る。これによって「恋は偶然」というフレーズが活き活きとしてくる。

 この歌はこのように、若いぶりっ子アイドルが歌うとは思えないような歌詞だ。調子よく酒を飲んだら友達に紹介されたよくわからない相手とそういう流れになっちゃって、どうも朝食のくだりを見る限り、お持ち帰り「した」のですね。されたのではなく。そして、アルコールには気を付けないと、というような反省をしながらも、好みだからまあいいかと、これから恋人になれば一夜の過ちってことにもならないし、というようなことなわけですね。

 この内容を、こんなにあっけらかんと、底抜けに明るく、ぜんぜんいやらしさも生臭さもなく歌えるアイドルってどういうことなんでしょう。

 この歌と前後して後聖子ちゃんは恋人ができたり破局したりしたあと1985年に23歳で結婚し、翌年に出産をする。(そのとき生まれたのが今やアナ雪のアナで見事な歌を披露している神田沙也加ですね)

 で。聖子ちゃんは結婚や出産の後、離婚したり整形して顔を変えたりアメリカへ進出したりして、外国人の恋人ができて暴露本を書かれたりし、もうぐっちゃぐちゃでありました。普通のアイドルならイメージダウンにつながりそうなスキャンダルが満載。でも全部あっけらかん。なにが起ころうともしみったれたことにはならず、常にアイドルとして驀進し続けている。ちょっとただごとではない。そして現在に至るも、一度も引退するなどとは言わず、さらには、アイドルを卒業するとかいうことも言わない。もうすぐ還暦だけど、還暦でもきっとアイドルでしょう。

 こんなアイドル他にいる?

 いるはずないし、今後も現れない。断言しちゃってもたぶん問題ない。

 酒飲んで記憶とんじゃったら知らない男と寝てた、という歌を「てへぺろ」的な感じでしれっと歌える底力。50代後半でもピンクのフリフリで「天使のウィンク」とか歌えちゃうアイドル。

 あの日、幼かったわたしは、どこまでも澄んだ聖子ちゃんの声に痺れたのだった。中学生になり、高校生になり、次々に新しいアイドルが登場し、ある程度年数がたつと路線変更したり引退したりしていった。でも聖子ちゃんはずっとアイドルでい続けた。だからわたしも好きでい続けた。今年(2020年)はデビュー40周年。今も聖子ちゃんはアイドルでい続けている。だからわたしも、好きでい続けている。

◇◇◇

 ありしまさんのこちらの企画、「#こんなに好きなんだぞ」に参加しています。


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