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私の死生に寄り添う君は

(※前回の話「理解ってしまう確信づく心」の彼女Sideです)

私は、どうしていたら良かったんだろう?
何回も、何度でも思う。私のこの心の性質、精神は生まれる前から備わっていたものに違いない。でなければ、そう思わなければ、私はもっとおかしくなってしまう。きっかけなんてない。そんなものない。私はずっとこうだった。

中学3年の時からひどい心の病に侵されながら、私は生きてきた。その発症のきっかけはなかった。私はずっと昔から死に焦がれていた。祖母や親戚の葬式の時、知らない人の自殺のニュースを見た時、私は彼らをひどくひどく羨んだ。
生と死に境界はあるのか?
だって毎日心は殺されていく人々がいるのに?
たかがそれが「肉体の死」か「精神の死」かくらいでしょう。幼い頃は周囲からは感受性がよく誰よりも優しい心の持ち主だと言われていた。だが私は幼い頃親戚の子供と遊んでいる時、その子の首を絞めたことがある。その子は当然苦しそうな顔をした。このままでいたらさすがにやばいと思い、すぐに手を離して、何事もなかったかのようにまた遊んだ。その子の一瞬の苦しい顔をみた時、棺桶で花の中に横たわる祖母の安らかな顔を思い出した。

私にとって死とは何だろう。それは生き物に許された唯一の何か。甘い甘い蜜の様な、最期で最大の幸せ。生からの解放で、この壊れた心が消失できる唯一の方法。

しばらく生きて、私は”彼”と出会った。雨に濡れながら外を彷徨っている時、彼は私を見つけた。そしてその縁が続き、ずっと傍にいようとありとあらゆる努力してくれた。私の死生観、そして私の在り方を彼は肯定してくれた。けれど決して私を救おうとはしなかった。私を只観察し、私を只ひたすら愛でてくれた。そのままの私を見て、感じて、笑い合い、寄り添い、共に生きてくれた。生きてるから、全ては生きているが故に重ねられる。

人はそれを幸福というのだろう。
けれどそれでも「死への焦がれ」は消えてくれなかった。それがどうしよもなく悲しくて苦しかった。幸せを享受する中、いろんな死に方と、死体になった自分を思い浮かべる。幸せをうまく受け入れられない。そんな私はおかしいだろうか。
世間から見たらおかしいのだろう。散々そういわれてきた。
それでも君だけは―――。

* * *

「外に散歩に行きたいな」
私は思いつくように彼にそのセリフを溢した。じゃあ午後から行こうと言われ、彼が用事を済ませている間に身支度を整えた。
お気に入りの服、レースが編み込まれている白いシャツ。そして彼とお揃いのように買ったタグのネックレス。彼と四苦八苦して開けたピアス穴にも好きな物を通す。

今日は終わりにするにはいい日だな。そう思った。思ってしまった。適当に鼻歌を歌いながら、私はバルコニーに向かった。特に計画を立てていたわけではない。
ただ、「死ぬのに相応しい」と悟って確信づいてしまった。
医者によるとそうして死ぬ人は結構いるらしい。死ぬことが正しい世界の在り方だと理解し、自分の中のその事実、意志は決して揺るがないのだという。私もその部類だ。

空を仰げば真っ青な世界と白い雲が薄く広がっている。下にはここから見える通りの桜が咲いていた。風があり、桜が揺れては花びらを散らしていた。

表面上でいうなら”キレイ”なのだろう。私の心に響かないだけで。
様々な思考が浮かんでは消えていく。彼との思い出を脳内でなぞる。

ふーんふーんと鼻歌を歌いながら、柵に寄りかかる。


ガチャン

あ、彼が帰ってきた。
くるっと柵を越え、柵越しに言いたいことを言った。

「お願いだから、私のことは忘れて良いから、今日の、この瞬間を忘れないで」

そう彼に言った。私は笑ったのに、うまく笑えていたか分からない。彼は近づき、真剣な眼差しで私を見た。柵越しに彼を感じる。
いつもより真剣に、私を死を見届けようと向き合う。

君はいつもそうだった。私の価値観、死生観、日常、他愛ない会話、些細なヘルプサイン、決してそれに知らんふりはせず、全てに向き合ってくれた。私の苦しみと同じといえるか分からないが、彼はきっと苦しかっただろうに。それでも私と生きてくれる未来を諦めてくれなかった。それなのに、なんて薄情な私。それを裏切るなんて、でもそれでも、止めずにきちんと心に寄り添ってくれて。どうして、どうしてどうしてどうしてどうして。そのどうしての先が浮かんでこなかった。わかっている。宙に身を預けたら、彼とお別れだ。


「じゃあね」

空に身を投げたあと、衝撃が走った。

意識がうっすら、ただ、からだが うごかない。

(あぁ、コレが「死」か。私にふさわしい、おわりかた)

かれに、愛なんて、言えなかった。けど、ありがとうだけは、つたえたらよかったかな。

『ありがとう、大好きだよ』

終われる事に、私は安堵のようなものを感じた。

意識が、益々遠くなって、私は終わりを迎えた。

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