
【思い出エッセイ】夜の海で死のうとした自暴自棄期
大抵の人は高校3年生の時期には真剣に将来のことを考えると思う。
高校3年次、私は取り敢えず大学進学の旨を担任に伝えていたが、大学進学希望は消去法の末の選択であった。
受験勉強でさえ苦痛を感じる自分が大学で学問なんて不可能であり、加えて自分なんかが大学に通えるわけがないとも思っていた。
履修登録などは明らかに面倒そうであるし、卒業のための単位のかき集めを頑張る自分を想像できなかった。
しかしながら時というものは勝手に流れ、私は大学生となった。
進学先が第一志望の大学ではなかったこと、そして場所が私の嫌いな東京ということもあり最初から状況は芳しくなかった。
案の定、一週間で大学不登校になってしまった。
そこからの約4年間はそれまでの人生の中で最も辛い時期である(もうあれ以上の辛い時期は来ないでほしい、が人生そうもうまくいかないもの......)。
大学不登校と聞いた親は怒りを顕にし、電話をするたびに口論となった。
自分自身もどうすればいいか分からなかった。
大学は行きたくない。卒業なんて絶対無理。
そもそも大学を卒業する意味はあるのか?
卒業しないとしたら?就職?それも無理。
じゃあどうする?どうやって生きる?
色々考えた挙げ句、この先楽しいことが起こる確率というのはとてつもなく低いのではないかという思いが強くなった。
将来だけでなく当時の状況も楽しいものではなかった。
大学には行かず、かと言って何か他に生産的なことをしているわけでもない。
努力も昔からできない。ひたむきに何かに打ち込むという自分を知らない。
楽しくなりようがない将来と現状への絶望から普通に死んだ方が楽なのではないかと思うようになっていた。
そこからは自殺方法について調べたり、自殺に失敗した人の体験談などを読み漁るようになった。
早く死なねば、とは思っていたものの、多くの人が恐らくそうであるように自殺は実行に移せなかった。
なぜ自殺できないのかについても考えた。
絶望度が足りないのか、それとも単に勇気が足りないのか。
その答えは未だに出ていないが、とにかくそういったことについてずっと考えていた。
そんな非生産的な日々が続く中、あれは確か大学2年目の夏休みだったか、実家に帰り、現状や将来について直接親と話す機会を得た。
しかし、話すとは言ってもそもそもの考え方が親と私で違うこともあり、すぐに口論となり、話し合いは10分足らずで崩壊してしまった。
唯一頼れる親にも自分の考えは理解されない。
今ここで死んで子供を産んだことを後悔させてやろうかとも考えたが、そんな勇気は出なかった。
その勇気がでない自分自身に対してもひどく苛立った。
取り敢えず、親の顔を見たくなかった私は、深夜ではあったが頭を冷やすために散歩に出かけることにした。
何も考えずにトボトボと歩いていたが、数分歩いたところで海が近いことに気づいた。
海は家から歩いて行ける距離にある。
特に行きたい場所があったわけでもない。
なんとなく目的地が欲しかった私は海に向かうことにした。
海に着いてまず思ったのは、目の前の海が想像していたそれとは大きく異なっていたということ。
月の光は無く、街頭も少なく、海の方を見ても黒い塊が音を立てながらうごめいているだけだった。
ひとまず私は海を眼前にして砂浜に腰を下ろし、何となくそれまでの人生を振り返ってみた。
小学生の頃は本当に素行が酷かったなとか、中学生の頃は楽しかったなとか、高校生になってから性格が急変したなとか、そういった過去のことを思い出し、一通り過去を巡った終点は「なんでこうなっちゃったんだろう」という思いであった。
そこで何かが一線を超えた。全てがどうでもよくなった。
確かに自ら死ぬことは自分にはできない。だったらせめて事故で死ねないかという考えに至った。
ちょうど良いことに目の前には真っ暗な海が広がっている。
海に入り、できるだけ遠くまで泳ぎ、その最中で足をつるか体力が尽きるか波に攫われるか......とにかく何らかの事故が起きれば死ねるのではないか。
そう考えた私は、服を着たまま、靴も履いたままの状態で夜の海へ飛び込んだ。
そして目を瞑って必死に泳いだ。
数年ぶりの泳ぎであったが意外と泳げた。
海水で服は重くなり、靴にも海水が染み渡り、一瞬小学生の頃に体験した着衣泳が脳裏をよぎった。
もしかしたら本当にこのまま死ねるのかもしれない......とも思ったが、泳ぎの途中、水中で目を開けた途端、私は泳ぎを止めてしまった。
というのも、私は目の前に広がる水中の光景に大変驚いたのだ。
目を開けて見えた世界は見たことのない真っ暗闇だった。
目を開けても閉じても景色が全く変わらない。
辺りを見回しても景色は変わらない。
下を見遣ってもそれは同じであったが、下を見た時は闇の怖さに加え、何かに吸い込まれそうな雰囲気を感じ取った。
それ以外に得られる情報は耳に入ってくる海水の動く音だけ。
この先この闇がずっと続いているという状況、そしてその状況下に自分がいるという事実が一気に私を震え上がらせた。
そしてその直後、情けないことに私は急いで浜辺に向かって泳ぎだしてしまったのであった。
恐怖の一心で泳ぎ、少し泳いで立ってみるとそこは余裕で海底に足が付く場所であることに気づき、自然と笑いがでた。
浜辺近くまで泳ぎきった私は這うようにして海から出、砂浜に仰向けになった。
体中ずぶ濡れであったが夏だったこともあり、あまり気にならなかった。
むしろ心地良さを覚えていたかもしれない。
その後は服が乾くまで砂浜にいたが、そこで何を考えていたかについては覚えていない。
何分そこにいたかも分からない。
めでたく服が乾いた後は歩いて家に向かい、何事もなかったかのように帰宅した。
帰宅後、親との険悪ムードは変わらなかったが、そんなことはどうでも良くなっていた。
生を実感したことに対して満足感のようなものを得ていたのだ。
私はその日を境に、自分は何があっても自殺できないということを強く意識するようになった。
自殺できないなら生きるしか無い。そのためにはどうすればいいか。
私の関心はその方向に向かっていった。
結局その後の数年間も精神状態は良くはなく、うつ病の診断も貰うこととなるが、一番精神が追い詰められていたのはあの時期だと思う。
自らの生を実感させてくれたあの海を、今度は太陽の出ている時間帯に眺めたい。
実家にはしばらく帰っていないが、次に実家に帰った際は必ずあの海を見に行こうと思っている。