「羊と鋼の森」を読んで
この本を書店で買ったのは、新卒で入職したばかりのときだった。
「羊と鋼の森」 宮下奈都
※以下ネタバレを含みます。
まだ3年前のことだからよく覚えているが、自分を含めた十数名の新人を歓迎するために開かれた新入職員歓迎会。4月中旬。都心の大きなホテルの煌びやかな宴会場で盛大に行われた。
同期たちは、新しい環境に慣れるのが得意な人たちばかり。一方私は、人見知りの引っ込み思案で、毎日不安をいっぱい抱えながら仕事を一生懸命覚えている最中であった。新品のスーツに身を包み、上司たちに瓶ビールを持って挨拶回りをした。それだけでも緊張して足が震えるほどであった。
そんな歓迎会で行われた、偉い上司のスピーチ。こんな問いかけをされた。
「本屋大賞にもなって、この間、映画化もされた『羊と鋼の森』という本。皆さんのなかで読んだ人はいますか。」
集う100名近くの社員の中で、読んだことがあると手を挙げたのは一人か、二人くらいだった。
「あれ、皆さんあまり本を読まないのですね…」
手を挙げなかった多くの社員たちは、(そんな読んでる暇ない)(物語を読むよりも仕事関係の勉強に追われているんだ)(ゆっくり本が読めるようなホワイトな環境にしてくれよ)、そういう表情でいたことが印象に残っている。
「『羊と鋼の森』の中で、こんな一節がありました。どんなことでも一万時間かければ形になるらしい。」
慣れるまではつらいかもしれないけど、一万時間(5~6年)かければ形になるから、ひとまずそれまで頑張ってみて欲しい、みたいなことを言ってたのだろうと思う。(もっと深いことを言っていたかも?)
私は、幼いころからピアノを習ってきた。ドライブの車内ではクラシックがBGMで、日曜夜のテレビはN響アワーという、クラシック好きの一家で育った。実家には祖父が買ってくれたアップライトピアノがあり、私と妹で散々練習をした。(ちなみにピアノの才能は妹のほうが断然上だった)
そんな縁もあり、ピアノの調律師の話だというから、歓迎会での偉い人のスピーチを受けて「羊と鋼の森」を読んでみたいと思って買ったのだった。
しかし1年目は激務。寝る間も惜しんで勉強。それに加えて、物語なんて中学生以来ほとんど読んだことがない。数行読んだけど読み進められずに放り出してしまった。
そして今。4年目の秋。1年目の時よりも、本を読むような余裕が少しできた。
それと私はBTSのファンであるARMYの仲間たちにTwitterで出会ったことをきっかけにして、ひょんなことから色んな本を少しずつ読み始めるようになる。
羊と鋼の森を友人が紹介してくれたことを思い出し、あのとき放り出したのを引っ張り出してきた。紹介してくれた友人たちに心から感謝をしたい。
まさにそろそろ「一万時間」わたしは今の仕事に向き合ってくる頃になる。この物語の主人公が、調律師としての発展を見出していく頃が今の自分ということになる。
がむしゃらに目の前のことだけ頑張ってきた新人時代が一段落し、次のステップへ踏み出す頃なのだと思う。しかし、私自身は今、なんだか燃え尽き症候群というか。何のために仕事しているんだろう…とやる気を失くしている。
でも、この本の中の主人公も、3人の先輩たちも、調律師である自分自身に繊細に向き合って、考え続けていた。
面白くて、たった一日で一冊を読み切ってしまったから、まだうまく噛みしめられていない。ただ、この本に今のタイミングで出会ったことは今後の人生に何かヒントがあるのではないかと思う。新入職のときに読んだとしても、きっと分からなかったこともあるだろう。
がむしゃらに頑張りたい気持ちはある。より良く働きたいという気持ちはある。あるけれど、どうしたらいいのか方法がわからない。4年目になっても、まだわからない。調律師と私も同じだ。
結論は出ないが、明日からまた働いて、働きながらすこし考えてみようと思う。
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