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読書感想:物語 江南の歴史

 少し前に本屋に立ち寄って偶然見つけた「物語 江南の歴史」、これはなかなか刺激的でした。

 単純に江南=長江流域の地域史というだけでなく、中華世界の政治と軍事を行使する中原=黄河流域、あるいは本書の表現を借りれば「西北」ブロックに対して、海洋世界も含めた外界とも結びつく経済と文化の領域を構築した「東南」ブロックとその人々の世界観を描く。

 この視点からなる本書は、実に読み応えと発見がありました。

 具体的に言うと、中国という世界は古くから中原と江南、そして中国世界の「奥座敷」としての四川の3つのブロックから構成されていたという解説。
 三国志はこの3つのブロックそれぞれに直結する物語であり、だからこそ三国志演義の登場以前から庶民の人気演目であり、本来は局地戦に過ぎなかった赤壁の戦いはその物語の起点となったからこそ神話としての大戦として語り継がれたと解釈できます。

 また春秋戦国の六国を制覇した秦や隋唐帝国は、今日的には植民地帝国だったとも言えるし、中国大陸東岸を南北に貫く大運河も西北ブロックの隋に征服され植民地とされた江南人からすれば「中国全体を考えれば必要だったとわかるインフラ」などではなく「自分たちの生き血を吸い上げるストロー」と映ったからこそ西北の象徴たる煬帝の悪政の象徴と見なされたのではないでしょうか。
 その煬帝も、皇子時代に南朝陳を平定した後に10年間も植民地総督とも言い換えられる揚州総管の座にあったことは初めて知りました。
 これを視野に入れると、旧梁王朝の公主だった簫氏をはじめ江南社会の人脈と結びついた彼が兄を蹴落として即位したことは、これ以前も以後も折に触れて見られる東南ブロックの西北ブロックに対する政治権力乗っ取りの一例とも映ります。
 後の唐を蝕んだ宦官たちの多くが江南から送られた人々だったという点も、同様の事例とも言えるかもしれません。

 また、煬帝が河南地域に群盗が跋扈するようになった治世末期に揚州に行幸したことも、単なる現実逃避ではなく元々の政治的な地盤だった江南地域に退避して東晋のように江南亡命政権として再出発を目指すつもりだった、という可能性も浮かんできます。

 古くは「三戸になると言えど秦を滅ぼすは楚なり」と、反秦戦争の旗振り役から楚漢戦争や呉楚七国の乱を起こし、上記の西北ブロックの政治権力乗っ取り工作、そして五代王朝に対して地域独自の政権を樹立してきた十国、中原の更に北方の契丹や女真やモンゴルと対峙する活路を外海に見出した宋代、自分の人生に対する復讐でも嗜虐趣味でもなく一方的な生真面目さの押し付けによる洪武帝や永楽帝の粛清劇と、西北ブロックとの確執や闘争や価値観の断絶を数千年に渡り繰り返されてきました。
 その結論として明清代に至り、江南の人々が至った結論は「バカは相手にするな」。彼らの政治と軍事による指導を無視して独自の経済文化圏を構築することであり、自分たちの流儀で自分たちの社会を勝手に運営する。郷紳の台頭も「倭寇的状況」も、この流れで発生したものでした。

 中国史に限らず、日本史を含めたどのような地域でも、「政治と軍事」を握るものとその周辺社会の歴史として描かれ認識されてきました。薬屋のひとりごとも含めた最近流行りの中華後宮ものも、この歴史観の亜種とも言えます。
 しかし、その視点を意識して外したとき、歴史というものは全く異なった姿、今見ていた面からの善悪さえも鮮やかに入れ替わりより多面的・立体的な存在として認識できるようになります。
 
 本書のように「地域史」をその視点を得る取っ掛かりにしても良いでしょうし、他にも「人口の動向」、思想や文化とも密接につながる「メディア」、「武術」にしても自警活動による地域の自治や造反活動や紛争史、あるいは商業活動史の世界とのリンクも考えられます。
 武侠活劇でもお馴染みの江湖とは、このような「政治と軍事」の外側に広がる世界観かもしれません。

 権力と軍事の集中する皇宮の外側に視点を据えた歴史の解説書と歴史劇が、今後もっと増えてくれることを強く願います。

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