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『給食アンサンブル2』収録作品紹介⑤

『給食アンサンブル2』第5話のメニューはくじらの竜田揚げです。
昭和の給食メニューという印象がありますが、現在も地域によってはたまに給食に出ることがあるようです。私も何度か給食で食べたような記憶があります。
今回も実際にくじらの竜田揚げをつくってみたのですが、材料の調達に大変苦労しました。あてにしていた大きな魚屋さんではくじら肉が見つからず、ほうぼうのお店をまわってどうにか入手することができました。
くじら肉は硬いとかくさみがあるとかいわれますが、下味をしっかりつけておいたおかげか、くさみもなくジューシーでおいしかったですよ。

親切、やさしい、いい人。
小さいころから、ぼくはそんなふうにほめられることが多かった。
そういう言葉を素直に喜べなくなってしまったのは、いつからだっただろう。

「くじらの竜田揚げ」より

第5話の主役は吹奏楽部副部長の三熊。温和で親切な彼は、まわりのみんなから「いい人」といわれて慕われています。
しかし三熊はその「いい人」という言葉を、ポジティブに受け取ることができません。
 
三熊は勉強も運動も苦手で、自慢できるような特技もなく、自分には「いい人」ということしか取り柄がないと思っています。
自分がいいことをしたり、だれかに親切にするのは、そのただひとつの取り柄を確認して満足するためなんじゃないだろうか。そのために偽物のやさしさや思いやりを、他人に押しつけているだけなんじゃないだろうか。
そんなやつはほんとうに「いい人」とはいえないだろう。三熊はそんなふうに考えているのでした。
 
その三熊が学校帰りに、上品な老婦人と知りあいます。ひとり暮らしで寂しげな彼女と、三熊は帰り道にたびたびおしゃべりをするようになり、クリスマスにケーキをごちそうになったり、彼女の誕生日にささやかなプレゼントを贈ったりと交流を深めていきます。
ところがその老婦人との交流は、後味の悪い形で途切れてしまいます。彼女が食べたがっていたくじらの竜田揚げが給食に出たとき、三熊はなにを思うのでしょうか…。
 
私は普段、現実の知りあいをキャラクタのモデルにすることはあまりないのですが、三熊が仲よくなる上品な老婦人の藤澤さんは、学生時代にお世話になった下宿の大家さんをイメージしています。
最初はそのつもりはなかったのですが、書いているうちに自然と大家さんの声や表情が、物語のなかの藤澤さんと重なっていました。
 
上京から12年間もお世話になっていたこともあり、大家さんにはまるで親戚のように親切にしていただきました。私が児童書作家としてデビューしたときや賞をもらったときは、お祝いに食事に連れていっていただいたりもしました。矢部太郎さんの『大家さんと僕』が話題になったときには、なんだか私と大家さんの関係によく似てるな、と思ったりしたものです。
 
8年前に大家さんが住まいを取り壊すことになって、私も近所のべつのアパートに引っ越しましたが、その後もときどき新たなお住まいにお邪魔してお話をしたり、新刊が出るたびに見本をお送りしたりしていました。東京を離れて、会いにいくのがだいぶ大変になってしまいましたが、遠からずまたお顔を拝見しにうかがいたいと思っています。

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