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「若きクビライの陣中に転生した男子高校生が、クビライ・カアンの覇業を支える」という話(序章)

『じゃ、じゃあ、ひょっとしてこの人が、クビライ・カアン? あの、鎌倉時代に日本に攻めてきた』
  平凡な偏差値の翔駒(しょうま)には、その程度の知識しかない。確かに、似ている。世界史の教科書に出てきた、丸々として一見凡庸そうな「クビライ・カアン」に。
  あの絵より、ずっと若いが。そして、圧倒的な覇気と威圧感。
  翔駒は生唾を呑み込んだ。心臓が、高鳴る。
  クビライの周りには、武装した兵士たち。さまざまな目の色、肌の色の者がいる。おそらく、戦の真っ最中か、それともこれから戦いが起こるのか。翔駒なんて、素手で殺されてしまいそうだ。
  なぜ、13世紀の中国に来てしまったのか、分からない。
  とにかく、場違いで面妖な服装、髪型をしているであろう翔駒は、あっという間に重武装の兵士たちに取り囲まれて、クビライの元に引っ立てられた。
「そなたは何者だ? その服装は何だ? アリクブケ派の間者か? だが、間者がそのような目立つ格好をしているとは思えぬ」
  なぜか、言葉が分かる。
  運がいい、これだけは。
「あ、あなたがクビライ・カアン様…で、ですか」
  やっと、それだけ喋れた。ここにいる誰もが知っているであろう、当たり前のこと。
  だが、クビライは不思議そうな顔をした。
「いかにも余はクビライだ。だが、カアンではない、現在カアンの地位にあるのは…」
  クビライは少し俯いた。
  そして、おもむろに王座から立ち上がり、翔駒の前に立ちはだかった。
  巨人だ。いや、背は決して高くない。だが、多くの戦、権力闘争を経験し、背負っているものの大きさが、翔駒とは違いすぎた。
  クビライは、腰に佩刀した剣を引き抜き、翔駒の顔に突きつけた。
「なぜ、わたしを大カアンだと思った? お前は何者だ?」
  おかしな返答をすれば、このまま切り殺す。目が、そう言っていた。
  だが、何と答えればいい? 21世紀の日本という国からきた、と? そんなこと信じてくれるわけがない。舐めていると思われたら、殺されるだろう。
  何と、答えればいいのか?
  頭が真っ白になる。
「あ、明日、雨が降ります」
  突拍子もないことが口をついて出る。全然、この場で言うべきことじゃない。
  だが…。
  翔駒は、首から下げた気圧計をみた。
  翔駒は天文部。理系の勉強は、かなり強い。実験道具や計器類を、常に持ち歩いていた。
  気圧が低い。
  雨が降る可能性は、あり得る。
  だが、それがどうしたと言うのだ。それは、クビライとその幕僚たちが求めている答えではない。翔駒の出自、彼らにとって害がないこと、それを示さなくては。
「雲ひとつない、明日雨が降るわけがないではないか!」
  重臣の一人が、嘲るように笑った。
  だが、クビライは剣を鞘に収めた。
「いや、雨が降るなら、明日の作戦を変えねばなるまい」
「はぁ? こんな訳の分からない奴の言うことを信じるのですか」
「それこそ、デマを吹き込んで、混乱させようとしているのでは?」
  重臣たちが騒ぎ出した。
  だが、それまで目を瞑って考え事をしていたような、若い細身の軍人が口を開いた。
「クビライ様。先ほど偵察に行った時、この地の農民たちが、雨支度をしていたように思います。その者の言うこと、あながち間違いではないかと」
  クビライは大きく頷いた。
「余も、それを見た。だが、この地の習慣が分からぬゆえ、雨支度とは誰も思わなんだ」
  クビライは、翔駒に顔を近づけた。
「その方、名は何と申す。どこからきた。言え!」
「巴翔駒(ともえしょうま)です。日本から来ました」
  極度の緊張も、三百六十度回転してしまって、今は何も感じないようだ。もう、どうにでもなれと思えば、言葉が口を突いて出てきた。
「日本? ああ、東夷の倭国のことか。ふ、中華の人間にとって我らは北狄だそうだがな」
  クビライは破顔した。
 「こいつは少しは使える奴かもしれない。西の天幕に連れて行け。殺すな、丁重に扱えよ」
  翔駒は引っ立てたれた。
  
  ……クビライの覇業を支えた、翔駒の物語は、ここに始まる…! 

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