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夢現徂徠

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ロマンの織物/澱物
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#学問への愛を語ろう

小人閑居してデジタルデトックス

 日頃から「流行りすたりに興味なし」とかうそぶいているくせ、座右のMacBookProがブラックアウトして使えなくなるや早速「デジタルデトックス」と当世用語を並べ立てる節操なき小人が、ここにいる。是非もない、いくら精神を紀元前アテナイに19世紀末パリに遊ばせようと肉体は令和六年ニッポンから逃れられないものだ。それならたまには現代人を気取ってみてもバチは当たるまい、確定申告も済ませたところだし。  前段の「ブラックアウト」は「画面に何も表示されない状態」にふさわしいかと感覚的

あくびの中心

 「禍福糾纆」という四字熟語がある。「禍」はわざわい、現代日本人の思考力を規定している「Google日本語入力」でもなんとか変換できる。「纆」は縄のこと、「糾」は縄を縒ることを表す。出典は『史記』だったか『礼記』だったか覚えていないが、平たく言えば御大美輪明宏女史が麗しの鼻母音まじりに囁く「人生プラマイゼロよ」のことだ。  これを基にしたことわざ「禍福は糾える縄の如し」の方がまだ膾炙しているかもしれない。どちらにしても、安っぽいセンチメントに流されがちな今様大衆社会では煙た

もの思う青

 毎年ほぼ欠かさず罹患する病といったら、インフルエンツァでも武漢病原体でもない。大型連休が終わり、今後しばらく祝日なしと絶望する朝ぼらけに突然やってくる、そう「五月病」である。  身も心も泥のように重たくて、どこにも行きたくないし何もしたくない。ひどいときは抑鬱症状にまで発展してしまう、あれだ。  ストレスから自律神経の働きが鈍る、日照時間が減ることでセロトニンが分泌されづらくなる、という二点が病理という。これは年を取ったらひしひし身に沁みるようになった「季節の変わり目」

めげずくじけずダンディズム

 上京したてのころ、最寄りの駅前にある某アメリカ産チェーンのバーガー店によく通っていた。地理か英語かの教科書でしか見たことなかったハンバーガーが100円(当時)で、これが大東京かとお上りさんの目には輝いて見え、それで腹を満たして講義に出るのがスタイリッシュだとオシャンティだと思っていた。バカである。  ある深夜、なんの帰りか、立ち寄った。客も店員もまばらな中、注文してボーッと待っていると、奥から出来上がったバーガーひとつが二三歩の幅の調理台を滑ってきた。  「ファスト」の

あと100秒

 「終末時計」というものがある。もとは英語で "Doomsday Clock"、いかにもSFっぽい用語だが現実のものだ。  とはいえ現実にある時計のことではない。アメリカの隔月誌『原子力科学者会報』に1947年から年一で掲載されている指標のことで、深夜0時きっかりを人類絶滅の時刻と見なして今は「何時何分何秒」に該当するのか、世界情勢をふまえて比喩してきたものである。  2022年は23時58分20秒を差していた。残り100秒である。  『会報』は、1945年8月の両原爆

大学生のいいわけに付き合ってみる

 7月下旬といえば、だいたいの大学が前期試験期間である。ここでしくじったら4月からの半期15週がまるまる水の泡となるから、熱帯夜も線状降水帯もお構いなしで誰もが血眼となる。  しかし学業ばかりにかまけてもいられぬ。部活、サークル、合コン、くっちゃべり、バイト、居酒屋、デート等々、「ニューノーマル」なるバカっぽいカタカナ語の占領下とて青春を謳歌したいものだろう。  そこで伝家の宝刀「いいわけ」の出番となる。  毎週マーキングかのように最後列にダボダボの尻を着けてApexに

ことばが絶滅してゆく

 クリスティナおばあちゃんが亡くなった。ヤーガン族の最後の生き残り、つまり「ヤーガン語」の最後の話者だった。  ヤーガン族は南米チリの先住民、6000年前からかの地に定住していた。大航海時代(およそ400年前)のスペイン人の侵略・占領によって混血が進んだが、それでも150年前までは3000人が血脈を守っていた。それが、文字通り「0」となったわけだ。  チリの公用語はスペイン語である。ヤーガン語はそのかたわらで、親から子へ、口から耳へ、ひっそりと伝わってきた。国語ではないの