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夢現徂徠

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ロマンの織物/澱物
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#絵本

アメリカン・イデオロギーの教科書

 言わずと知れた『シートン動物記』の一編で、北米カランパ渓谷に棲むオオカミの首領「ロボ」の生き様を描いた感動作、という美辞麗句を取っ払ってみれば、なんのことはないただのプロパガンダである。  作者アーネスト・シートンはイギリス出身で、動物に関する専門教育を受けていない、王立協会(ものすごい権威)の奨学金を得たほど有望な画学生だった。本人も「アーティスト」と自称していた。  成人してから父親との仲違いにより渡米し、野生動物の観察記録をつけだした。それをまとめたのが『動物記』

石橋たたいてぶっこわす

 お母さんにおつかいを頼まれたけど外は雨、濡れたくないし危険な目にも遭いたくないから備えあれば憂いなし、でもそれも行き過ぎたら──という絵本の醍醐味が詰まった名作である。  物騒な昨今、特に都会では滅多に見聞きしなくなった「子供のおつかい」である。本作は1970年代のものだから、珠のようにかわいい幼稚園生くらいの女の子がお母さんに申しつけられる。  足もと悪いし髪も乱れる悪天候で外出なんて、大人であっても億劫なものだ。「でも、でも」となんやかんや言い訳するも、  雨具や

生きるという孤独

 雨の夜に出会ったヤギの「メイ」とオオカミ「ガブ」の友情を描いた傑作『あらしのよるに』シリーズ、その番外編である。もしかしたら本編より好きかもしれない。  かつてガブは温かい両親のもとで幸せに暮らしていた。だが群れを治める偉大な父ガルルを亡くすと状況は一変、優しかった母は厳しくなる。  ある日ガブは親友グルリのところへ遊びに行く。するとふたりの上下関係を決めるためケンカをしろと嗾けられる。親友の泣きっ面を見たくないガブはわざと負ける。その結果、仲間うちで一番の下っ端とされ

大人のための絵本

 酒井駒子さんといえば、いわく言い難い感情のまざりをそっと置きにくる画風で、ややもすれば荒めでよそよそしい筆致なのに読後感は不思議と優しく柔らかい、一言で言えば巨匠である。  そんな人と御大あまんきみこさんとの共作なんて垂涎必至、20年近く前の作品だが絵本は新しいからいいというわけじゃない。  なにげない一日に暮らす子たちが、いつもの公園で夢のような世界に紛れ込み、遊び、うちへ帰る。日常と非日常がひとつづきの、ザ・童話である。  銃火に怯えることなく、涙にまみれることも

メメント・モリを忘れない

 当代たくさんの挿絵画家が活躍されているが、「酒井駒子」の名前は特別だ。めくるたび消えてしまいそうな儚い線と色づかいで、あれもこれも擦り切れるほど読んできた。  というのは歳をとったからこその感慨だろう。子供のころはただ、動物の、少女の、静物のおりなす空想を、冒険を、物語を、豆球に照らされた暗がりの中で自ずから描いていた。  ……というのも美化に違いない。  昔の感覚を今ことばにするなんて、どれほど無粋な試みだろう。一言半句でさえ、あのころ去来していた一片にも満たない。

手仕事の哀愁

 大切な植物事典が傷んでしまったので「製本屋」を探しに出る女の子ソフィーの物語である。  パリの朝、くすんだ空と人気の絶えた描写に「冬」を感じる。植物をめぐる話なのに青空も太陽も出てこないぶん、よけいに寒々しい。  だからこそ仕事にかかるおじ(い)さんの手もとを照らす暖色や、仕上がった装丁の緑や茶色が温かい。水彩ならではの明暗法か。  出会うまでの二人は見開きページの左右別々に描かれている。駆け回る方には独白が添えられているが、仕事場へ向かう方は無言だ。  家を出て、