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翻訳蒟蒻

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#アート

【童話訳】 絵のない絵本・第19夜 (1837)

巨匠アンデルセンが月に託して語る 「芸術は長く人生は短し」の寓話 第十九夜 今宵も月が語ります。 「ある夜、ぼくの下には劇場があった。大きな立派なところさ。新人俳優の初舞台だからって溢れんばかりの入りだった。 楽屋の窓に、その俳優がいた。ふさふさのヒゲを生やした騎士の恰好で、ガラスに張り付くようにぼくを見上げて、涙を流している。 第一幕で、観客たちにさんざ笑われ冷やかされ扱き下ろされたんだ。 かわいそうなやつ! 彼の方は心から芸術を愛しているのに、芸術の方は見向き

【短編訳】 悪魔と作家 (1899)

『どん底』のマクシム・ゴーリキーによる厭世主義の佳品。  寂滅の季節、死の季節、倦怠の季節、それが秋だ。  曇りがちな昼は涙に濡れそぼつ灰の一色で、夜は黒々しい影に浸って風が呻くばかり、すべてが魂に憂鬱の翳りをもたらしては「無常」を仄めかしている。  何もなにも生まれ、衰え、死ぬ。  なぜ? なんのために?  陰気な思考に満ちた魂は、秋が深まるにつれてますます彩りを失ってゆく。この苦々しい状態を和らげるためには妥協せねばならない。無常を引き受けることで、猜疑と絶望に

【童話訳】 魔法の丘 (1925)

『くまのプーさん』の原作者A. A. ミルンによる幻想世界。オランダの挿絵画家ヘンリエッテ・ル・メールによる表紙つき。  むかし、あるところに王さまがいました。王さまは女王さまとの間に子供を7人もうけましたが、そのうち上から6人はみんな男の子でした。  「王家は三人息子がよい」という言い伝えがあるものですから、3人めも男の子だったときは嬉しかったものです。しかし、四男、五男、六男とつづいては、だんだん不安にもなってしまいます。 「ひとりくらい娘がいればな……」  ある

【演説訳】 大ドイツ芸術展開催の辞 (1937)

ナチス総統アドルフ・ヒトラーによる、かつて画家を夢見ていた感性が謳う芸術と人間。 芸術に国境はない、と言われてきた。それは国家や民族のものではなく、ただ「時代」のものだと。そうして印象派が、未来派が、キュビスムが、ダダイスムが、昨日から今日へと移り変わってきた。 そこにあるのは「流行」だ。どこの誰の手による制作なのかは関係ない。ただ時代とともに、服装のように、芸術は明日へと向かっている。 「毎年新しいものを!」 そんな号令のもと、奇怪なもの、空虚なもの、盗作、無知が、

【童話訳】 ちいさな赤ずきん (1697)

17世紀フランスのシャルル・ペローによる童話「赤ずきん」原作。「赤」が象徴する残酷物語、挿絵プラス若干おせっかいな教訓詩つき。  むかしむかし、ある村に、ちいさな女の子がいました。それはそれはかわいらしい娘で、たいそう大事にされていました。となり村に住むおばあさんときたら目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりで、ちいさな赤いずきんをこしらえてあげたほどです。それがよく似合っていたので、村のみんなはその子のことを「赤ずきんちゃん」と呼んでいました。  ある日のこと、お母さんがパ

【随筆訳】 神秘と創造 (1913)

20世紀イタリアのシュルレアリスト、ジョルジョ・デ・キリコによる、描くこと/書くことへの激励。  ある作品を真に不滅のものとするためには、「人間」から逃れねばならない。論理と常識こそが邪魔なのだ。これらを乗り越えた先には、子供時代の夢と幻の世界がある。  芸術家は、その心の最奥の深淵から出発しなければならない。鳥の声にも葉のかすれ音にも邪魔されないところ、耳にするのは無価値なものだけだ。目を閉じれば幻が鮮やかに現れる。  親しみのある事物、誰かの考え、一般的なもの、よく