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【その前夜】 #579


日本のとある村に
平家の落人である
安房が住んでいた


誰しもが彼が
落人であるのは分かっている

それもその筈
深傷を負いつつ
何とかこの山深い集落に
辿り着いた

村人たちは
彼を村の長の元へと
運び込んだ

さぁ
どうするか

見捨てるも良し
手当をするも良し

皆が長の判断を待った


「この者は
恐らく平家の人だろう
かくまった所で
何も得は無い

しかし
これはまだ命がある

わしらの村は
人殺しの村にはなりたく無い

なぁ
どうだろう
この者が回復するまで
密かに治療にあたり
回復した後に
この村から立ち去ってもらおう」


これに皆は賛成した


安房は
長の娘であるオブウの
献身的な看病で
みるみる内に
回復して行った

村の者は
安房に会いに来た

安房の人柄は
お武家様からは程遠く
とても気さくで
聞くと
元々は農家で
戦があったので
参加した

彼らの地域は皆そうだったらしい

その人柄で
皆は安房を大好きになった

一番好きになっていたのは
オブウであった

長は安房に対しては
同情し心は許していたものの
オブウの気持ちに対しては
後ろ向きであった

長としては
この村の者
若しくは
親交のある隣村の者に
嫁がせたかった

出自は知ったといえ
余所者である安房に
嫁がずのは心許ない

そこで長は安房に

「安房どの
体も丈夫になった
どうだろう
そろそろこの村を後にはしてもらえないか」


安房はやや驚いたが
それも当然であろう


「おっしゃる通りですね
これだけのして頂いた
皆様方に危険な目に合わせるのは
大変申し訳ない

明日にでも
この村から出ていきましょう」


「すまんな安房どの」


「いえ」


次の日
安房はまだ陽ものぼる前に
村を後にした


峠を超えた辺りに人影が見えた


「オブウではないか
どうしてこんな所に」


「安房様
どうかご一緒させて下さい」


「それは駄目だ
お父上がそれは許さないよ」


「お父様は良いの」


「それは駄目だ」


「どうして」


「どうしてって
それは当然じゃ無いか
私はオブウのお父上に
恩がある

それを袖にするような事は
あってはいけない

さぁ帰りなさい」


「嫌です」


「分かった
では私と村へ戻ろう」


「一緒になって下さるの」


「そういう訳では無い
このままではお父上が心配される
とにかく一緒に帰りましょう」


オブウは渋々
安房に従った


村に戻ると大ごとになっていた


「安房どの
これはいったいどういう事だ」


「大変申し訳ございません
私が娘様に対して
曖昧な態度を取ってしまったので
この様な事態になってしまいました

さっ
もう送り届けましたので
改めて
お世話になりました
これで私は失礼いたします」

そう言って
安房はまた村を後にした

そして
峠に差し掛かった所で
何故かまたオブウが立っていた

どういう事なのか


「困るよオブウ
私はオブウは連れて行けないのだ
許してくれ」


仕方なく
安房はまたオブウを連れ
村に戻った


今回は長も困り果てた


「誰かオブウをあの木に縛り付けてくれ」


村の衆は驚いた


「本当に縛るのですか」


「やむを得ん
頼む」


こうして
オブウは木に縛り付けられた


「安房どの
毎度毎度すまなかったね
これでもう大丈夫

達者でな」


こうして安房は
改めて
村を後にした


峠が近付いてきた

安房はオドオドした
キョロキョロと見回したが
もうオブウの姿はそこには無かった


がしかし
そこには
オブウでは無く
長が立っていた

肩で息をしている


「安房どの

頼む
村に戻ってはくれないか」


「えっ
どういう事ですか」


「あの後
オブウの奴
舌を噛んだんだ

直ぐに見つけたから
大事には至らなかったが

もうわしは根負けしたよ

安房どの
あなたの人柄も分かっている

頼む
戻ってきて
オブウと夫婦になってくれないか」


「えっ」


「嫌か」


「やっ
嫌では無いですが
本当にそれで良いのですか」


「危険なのは承知です
だが
娘の事も愛しております

あの子は
早くにお母さんに先立たれ
わがままに育ってしまった

でも
根心は優しい子なんだよ」


「お父上
実は私もお嬢様に惹かれておりました

だが
私はいつ狙われるか分かりません

ご迷惑をおかけする事を考えると
村から離れるのが
得策だと思います」


「分かっております
こちらにも考えがあります

とにかく一旦村に戻って下さい」


「承知しました」



こうして
安房とオブウは夫婦となった
だだ
条件として
村の外れに住む事
ひっそりと暮らす事
不幸になる可能性があるので
子は儲けない事

それが条件であった

二人は承諾した



二人は村の外れの
川の側に居を構えた

長の言いつけを守り
二人はひっそりと生活し
子ももうけなかった

安房は木こりとなり
生活した
オブウは農作業をしながら
家を守った


それかは数十年の時が流れた

すっかり二人は年を取り

おじいさんは
山に芝刈りに
おばあさんは
川へ洗濯に出かける

ひそやかに
なごやかに
毎日を過ごした

そして
運命の日が明日
訪れる


川上には
大きく熟れた桃が
今や遅しと
出番を待っていた

明日
川で洗濯をする
おばあさんの元へと
流れ着く為に




ほな!

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