春香る
いつ雪降ると思う? って訊かれたから、知らん知らん知らん、つうか、いま春だし。この前冬終わったばっかだし。と言った。そいつは、世界的名画を囲う、額縁のような枠を持つ窓を開けて、完全に冬の幕の降ろされた桜の香りのする空気を吸うと、雪は冬だけに降るとは限らないでしょ? と、寝言のような独り言を、半分ほど雲で覆われている空に向かって吐き出す。その瞬間強風が吹いてきて、窓のすぐ近くに生えている桜が、巨大なうちわで煽られたかのようにゆらゆらと動き、大量のピンク色の花びらが空中に舞うと、その一部が部屋の中に入ってきた。
うっわ。これ誰が掃除すんだよ。テーブルの上に落ちてきたハートの形をした花びら一枚を掌に乗せ、ふうっと息を吹きかけるとまるで命が宿ったように掌からふわりと飛び、すぐに床へと落ちる。
そりゃあ、二人で、でしょ?
お前が開けたんだから、お前がやれ。
ええ、つれないなあ。
と言いながら、しゃがみ混んでまるで桜の花びら一つ一つがダイヤモンドであるかのように、柔らかな手付きで拾っていく。窓は相変わらず開いている。さきほどの強風ではない、優しく春の香りを運んでくるほどよい強さの風が部屋に入ってきて、落ちている桜をふわりと浮かせる。
手伝ってくれないの?
はいはい、拾えばいいんでしょ。
部屋のあちこちに散らばってしまったピンク色を一枚一枚掌にためていくと、手の中には小さな桜の丘ができた。拾ったけど、と話しかけると、そいつはいつの間にか透明の袋を持っていて、その中には拾ったと思われる桜の花びらが入っていた。
これに入れて。
なに、どうすんの、これ。
いつでも春を吸えるように、とっとくの。
いや、腐るでしょ。
とは言いつつも、掌の丘をその袋の中に入れる。窓を閉めると、部屋の中から春が遠のき、どの季節にも該当しない本などの無機質な匂いで充満する。
風情がないね、風情が。
すみませんね、風情がなくて。
そいつは一冊の本を棚から出して、袋ごと春をその中に閉じ込めた。そして満足げな顔をして、部屋から出ていった。
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