マガジンのカバー画像

ラブホの正社員

16
ラブホの正社員日記を集めてあります
運営しているクリエイター

#小説

ラブホの正社員になったわけ

ラブホの正社員になったわけ

失業したのが2020年5月。コロナ倒産というやつで会社がなくなった。膝から崩れ落ちるという表現が大袈裟ではないほど床に膝を強打した。まさか自分の会社が倒産するなどとは誰も思わないだろう。僕だって他人事だと思っていた。膝が奏でた床との共鳴は、大都会での無職生活の始まりのゴングだった。

そこからは地獄だった。1年間でIT系の業種に絞って面接を受けたが、経験年数が足りないことがネックになり40社落ちた

もっとみる
ラブホの正社員1日目

ラブホの正社員1日目

ラブホに必ずと言っていいほどいる人種がいる。噂が大好きなおばちゃんだ。面接後に僕の年齢や前職の情報をいち早く嗅ぎつけ初日からガツガツくる。皆さんの周りにもきっといるだろう。彼女はいるかとか、なんで会社が倒産したのかとか、どこ出身なのかとか根掘り葉掘り訊いてくる。アレのサイズを訊かれた時にはやめたくなった。琵琶湖ぐらいだと答えておいた。滋賀県民に深く謝りたい。

そんなおばちゃん達だが、新人に必ずす

もっとみる
ラブホの正社員5日目

ラブホの正社員5日目

自宅のお風呂に何かを入れたり浮かべたりする人は多いだろう。入浴剤やハッカ油、かわいいアヒルちゃんや風呂桶など、ご家庭によって色々あるのではないだろうか。ちなみに僕は風呂桶に缶の酒を入れて浮かべている。入浴剤は絶対にバブのミルク色の入浴剤だ。あれはいい匂いがする。

話が逸れたが、風呂に何かを浮かべることはラブホテルでも例外なくあることだ。外から持ち込んだガチャガチャのカプセルを3個浮かべて帰る客や

もっとみる
ラブホの正社員6日目

ラブホの正社員6日目

日々、ホテルにはプロフェッショナルが仕事人として来店する。風俗嬢だ。その中で当ホテルに訪れるナンバーワンは、媒体はわからないが全国一桁位の風俗嬢らしい。彼女は当ホテルにかなりの割合で現れるプロなのだが、今日はそんな彼女にフォーカスしたものだ。

彼女は少し太ったかわいらしいお客さんと同伴してやってきた。なぜ風俗嬢だと分かったかといえば、彼女がフロントでデリの全国ランカーと呼ばれているのを聞いたから

もっとみる
ラブホの正社員7日目

ラブホの正社員7日目

ホワイトデーの起源をご存知だろうか。バレンタインデーのお返しとしてマシュマロやクッキーを売りたいお菓子業界がマシュマロデー、クッキーの日など様々な名称や日程でそれらのお菓子を売り出していたが、1980年頃にそれらが統合されてホワイトデーが誕生したらしい。

つまりは日本お菓子メーカーによる陰謀である。ラブホテルもこの日はその陰謀に支配されていた。客が退室した後の部屋にはプレゼントの包み紙、いいもの

もっとみる
ラブホの正社員8日目

ラブホの正社員8日目

ベッド上に何があっても、僕らはそれを片付けなければならない。何があってもだ。これはラブホ清掃員の宿命で、この宿命のために新人の多くはこの道を諦める。そんなに甘い世界ではないのだ。僕のTwitterのDMには、この世界に憧れる人が日に1人は現れる。その多くはラブホ清掃のことを性愛や恋愛に関する仕事だと言っていたが全然違う。ラブホは清掃や汚物の片付け方に関する仕事である。これを勘違いしたであろう人が排

もっとみる
ラブホの正社員9日目

ラブホの正社員9日目

ラブホテルは施設によって防音設備の程度が違う。そのため最中の喘ぎ声など様々な声が廊下に響くことがある。特に都市部にある建坪が狭めなラブホを使ったことのある方は、全く知らない他人の喘ぎ声を耳にして赤面したことがあるのではないだろうか。僕は最近「ワンって鳴けよおい!!」という声を業務中に聞いてからずっと憂鬱な気持ちである。やはり特殊な性癖のことはなかなか理解できそうにない。1998年にオギャアと生まれ

もっとみる
ラブホの正社員10日目

ラブホの正社員10日目

してはいけないことほどしてしまいたくなるのは人間の心理だ。小学生の頃は教室で遊戯王をしていたし、中学の頃は禁止されていた自転車通学をしていた。学年が高校に上がると部室で気になる子とヤったり、煙草を吸ってみたり、思い返すと黒歴史と呼ばなきゃいけない思い出に溢れているが、当時はそういう事を積極的にしたい年頃であった。僕は高校生活の終わりとともにそういった毒気は抜けていって、自分の欲求を自分で抑えること

もっとみる
ラブホの正社員11日目

ラブホの正社員11日目

男女が形成する関係性は様々だ。例えば夫婦、カップル、友達、セフレ。挙げていけばまだまだ名前のつく関係性も、そうでない関係性もあるだろう。僕はラブホテルの従業員なので、性愛を伴う関係性の男女を目にする機会が人より多い。もちろん部屋で何をしているかなんて知るよしもないので本当にそういった関係性なのかはわからないが、文春記者であれば男女が一緒にラブホテルに入っただけであれやこれや書かれるだろうからこれは

もっとみる
ラブホの正社員12日目

ラブホの正社員12日目

卒業式には出ただろうか。僕は出た。親が出ろとうるさかったからだ。高校の卒業式に出たくなかったのは、その後のメインイベントである焼肉とかボウリングをみんなでやるというワイワイしたムードが苦手だったからだ。僕は大学に行っていないけれど、大学にも卒業式が存在するらしい。僕のラブホの近くにある大学では、女子は振袖を、男子はスーツを着てキャンパスの入り口で写真を撮ったりしていた。その日の15時ごろからラブホ

もっとみる
ラブホの正社員×日目

ラブホの正社員×日目

本能と欲望の違いはどこだろう。僕は本能を従わなければ死ぬもの、欲望を従えば死ぬもの、と捉えている。皆さんにとってラブホテルに行くという行為はそのどちらだろうか。付き合っている相手とあなたの両者が実家に住んでいると仮定して考えてみてほしい。まだ田舎にいて若かった頃の僕にとっては、ラブホテルは欲望そのものであった。それというのも、バイト先のホームセンターで出会った彼女と僕には当時あまりお金がなかった。

もっとみる