【兎角が紡ぐ】俺とお前とアイツ【徒然文筆家】

 大した意味なんてねぇ。
 俺がこの世に生を受けたのなんて、もし居るんなら神とかいうクソ野郎の気紛れだ。
 そんなモンに縛られる道理なんてねぇだろ?
 だから俺は、俺の好きなように生きてやるって決めたんだよ。
 だからお前は、俺のモノ。拒否権はねぇ。
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 僕は所謂いじめられっ子。目立つようなイジメは幸いなかったけれど、その分陰湿なイジメが日常的だった。
 持ち物を盗み、罵詈雑言を書き殴られた。お母さんが丹精込めて作ってくれたお弁当は、そのまま廃棄物になった。何処に逃げても追いかけられ、「死ね死ね」コール。
 担任は、自分の評価のためにそれを見て見ぬふり。助けを求めることが無駄だという余計な教訓。
 僕には居場所どころか、逃げ場すら存在しない。だから、一番手っ取り早い方法で、全てを終わらせることにした。
 進入禁止の張り紙を無視して、扉に手をかけた。そもそも進入禁止と言っておきながら鍵を掛けておかないのは矛盾しているんじゃ?なんてどうでも良いことが脳裏を過ったけど、本当にどうでも良いことだから、そのまま押し開く。
 扉が開いた瞬間、思わず顔を背けたくなるような強風が舞い、たたらを踏みそうになるけれど、そのまま歩を進める。きっと良い追い風になるだろう。
 屋上。授業ではまず扱うことのない場所。来る必要のない空間。けれどそれは、僕の望みを叶えるのに最も適していた。
 転落防止のために張り巡らされたフェンス。その向こうには、僅かばかりの足場。勿論、飛び降りるのが目的なのだから、遠慮なくフェンスを攀じ登る。フェンスのてっぺんまで来たところで、その背中に風が吹き付けた。嗚呼、良い塩梅。このまま空に身を投げれば、一瞬だけでも鳥の気分を味わえそうだ。
 ほんの少しだけ眼を閉じる。浮かぶは大好きな両親の姿。こんな僕を生んでくれた、大切な人たち。せっかく産んでくれたのに、その命を自ら捨てることに後悔を抱き、それでも、と。
 さぁ、鳥になろう。そうだ、僕はこれから鳥になって、羽ばたいて、そして墜ちる。無残な死体に成り果てるに違いない。それがなんだ。死んだ後のことなんて、僕には関係ない。迷いを断ち切り、現世との別れをと身体に力を入れ、そして。
「何してんだオメェはよ」
 誰かに声を掛けられた。だからってわざわざ振り返る道理もないし、と思ったら、勢いよく引っ張られて、そのまま背中から地面に激突。当然受け身の取りようがなかったから、呼吸が止まった。苦しい、と藻掻きながらなんとか身体を起こそうとして、今度は顔面をぶん殴られる。思考が停止して混乱している僕は、とにかく状況を把握しようと、その『誰か』を見て。
「俺の前で無様なことしてんじゃねぇよ」
 そのまま胸倉を掴まれ、目が合った。誰だろう。少なくとも同じクラスの人ではない。そしてその人は言った。
「どうせ自殺しようとしたんだろ?はッ、だせーな、オメェ」
 そう言い捨てて、ゴミでも捨てるように放り投げられた。再び地面に這い蹲る僕に冷たい視線を浴びせながら、その人は唐突に何かを思い出したような顔をして、
「……ってオメー、茜か?」
「……ど、どうして僕の名前を……?」
 なんとか呼吸を整えながら、思わず訊いてしまった。少なくとも僕の記憶にはないはずの人が、僕の名前を知っていることに驚いた。友好関係なんてものもないはずの僕を、クラス以外の人が把握しているとも考え難い。それなのにどうして……?
「あん?そりゃオメー、あれだよあれ……あー」
 歯切れの悪い回答。そのまま言葉にならない言葉を呟きながら、その人は首を背け、
「あー……オメーあれじゃん、男のくせに可愛いツラしてっからよ」
 その口調に似合わない、照れたような表情を浮かべた。
「……はぁ」
 可愛い、という表現は猛烈に否定したいところだったけれど、頭の中が混乱で満たされ、それどころではなかった。え、てかこの人、照れてるの?なんで?
「まぁ、知らなくても仕方がねーか。わりぃな、俺は梅、だ」
 そう名乗って、何故か『なるほど』と言いたげな表情で頷きながら、今度は手を差し伸べてきた。
「あっどうも……」
 物凄く遜(へりくだ)った感じになってしまったのも仕方がないと思う。そのまま彼、『梅』と名乗った人物に引かれるようにしてどうにかこうにか立ち上がる。いや、そもそも貴方が僕を放り投げたのが原因なんだけど、という当たり前の感想は横に置いておくことにして。それにしても、と記憶を辿るけれど、やはり『梅』という名前に覚えはない。彼は僕のことを知っているみたいだけど……?
「道理でな。けっこー酷い目に遭ってるみてーだし、そら死にたくもなるか」
「えーっと……だから何で僕のことを……?」
 相変わらず「うんうん」頷いて、突然破顔一笑。
「でもやっぱオメー、馬鹿だな」
 会話が噛み合わない。けれど何か言ったらまたぶん殴られるんじゃないか、と黙っていたら、
「何でやり返さねーんだ?」
「そんなこと言われても……」
 そんなこと言われても、やり返せないものはやり返せない。やり返したところで、状況は悪くなるだけだ。僕一人の力で何ができるって言うんだ。
「なぁ、茜。オメーはよ、なんで従う道理もないようなことで自殺なんてくだらないことしよーとすんだ?」
 相変わらず、彼の言っていることの意味がわからない。従う道理がないから僕は自殺を決意したんだ。
「俺たちゃ、クソッタレの神が気紛れで産まれたんだぜ?そんでクソッタレな『運命』とやらを押し付けてくる。そんなクソッタレの道理で自殺とか、くだらなくねーのか?」
 くだらないとかそういう話じゃない。歪んだ道理、歪んだ生、それをぶち壊すために自殺してやるんだ。力を持たない僕の、精一杯の抵抗。彼の言う通りの神が居るなら、命を与える存在が居るのならば、その生を否定する。だから僕は決めたんだ。
「……っさい」
「あん?」
「だから、煩いって言ってるんだよ!君に僕の何が分かるってんだ?!」
「はッ、そんなモン、俺が同じだったからに決まってんだろ?」
 そう言い返されて、僕は言葉を失った。……それは、彼にとても似つかわしくない話だった。
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 クソッタレな運命。どうしようもなくクソな世界。
 親父はギャンブル狂いに加えて浮気性。酒を飲めば家族に手を出すクソ野郎だった。
 お袋はそんな親父に怯えながら、そのストレスを俺に向けやがる。
 テメェらの勝手で産み落としておいてその仕打ちか?ハッ、心底くだらねー。
 学校は学校でクソの塊だ。どいつもこいつも上っ面着飾ってよ。そのくせ、裏でコソコソ陰湿なことやってやがる。イジメられる奴はクソだせーけど、イジメる奴はもっとだせー。良い子ちゃん気取った裏で、何かしたわけでもない奴イジメてよ。んで?先公に何か言われたら、『遊びのつもりでした』だぁ?なら俺が『遊び』でオメーらぶっ飛ばしても文句言うなよ?告げ口したら殺すぞ?
 クソの肥溜めみたいな学校なんか、テロにでも遭って無くなれば良いと思ってたぜ、本当にな。クソみてーなクラスメイトの奴らも、それに巻き込まれて死ねば良い。クソみてぇな運命に巻き込まれて死ね。
 そんなこと嘆いて、斜に構えているつもりが、今度は俺の番ってか?
 トチ狂った親父が、酒の勢いでお袋をぶっ殺して、お袋は死んだ。ザマァねぇな。んで親父は目出度くムショ入り。これで少なくとも両親とかいうクソは排除された。ここまでは良い。なんたって俺は解放されたんだからな。
 それがなんだ。人殺しの息子だァ?んなこと知るかっつーの。そんなんで俺に突っかかるんじゃねぇ。なんだその正義面はよぉ?人殺しの息子は人殺しになるってか?ハッ、本当に笑っちまうな。そんで俺にイジメの矛先が向きやがった。クラスメイトは陰湿なイジメにご執心。『ヤンキー』みたいな奴にはナメられてよ。
 何が一番だせーって、決まってんだろ。俺が耐えられなくなったことだよ。ほんとだせーよな。自殺とかクソくだらねー選択肢選ぶしかないなんてよ。でもな?そのまま死ぬなんてやっぱクソだせーだろ?
 だからよ、死ぬ前にやりてーことやることにした。タダじゃ済まさねーぞ、ってな。殺してやるつもりだった。
 カツアゲって言うの?今時あるか、そんなもん。ホントだせーわ。たまたまそーゆーことされてて、ふと実行してみたくなったんだよ。簡単な話、ぶっ飛ばしてやった。笑っちまうぜ。どいつもこいつも『ヤンキー』気取ってるくせに、一発顔面ぶん殴られただけで泣いて逃げて行ったぜ。反撃されることを微塵も想定してない浅はかさに心底笑ったわ。人間って心底くだらねー。ま、俺も同じだけどな。
 そんで、思った。嗚呼、こうすりゃ良いのか、ってな。クソだせー奴なんか、俺の思うままにぶっ飛ばしゃ良いんだって。恵まれた体格に産んでくれたことには感謝してやるよ、クソお袋。
 クソ相手に片っ端から喧嘩吹っ掛けて、どいつもこいつも簡単に詫び入れてよ。そんなことなら最初からやるなっつー話だろ?俺間違ってる?
 そんなこんなで、ようやくクソが群がってくることもなくなった。所謂平和ってやつ?それはそれで刺激が足りなくて仕方がなかったが、無いモノねだりしたってしゃーねぇ。
 別に正義感なんて大層なモン掲げてるわけじゃねぇ。俺はぶっ飛ばす奴を探すために、いじめられっ子って奴を探すことにした。そんで偶然アイツに出会った。出会ったって言っても、一方的にだけどな。
 なんだあいつ。本当に野郎か?ってくらい可愛いツラしてやがる。スラックスじゃなスカートでも履いて、ちょっとおめかししたらそのまんま女に見えそうな奴だ。名前を知ったのは偶然だな。アイツをイジメてる(ように俺には見えた。少なくともダチに接する態度じゃねぇ、絶対にな)奴が口にしてんのを聞いちまった。『茜』、だったか?ツラだけじゃなく、名前まで女みてーじゃねぇか。……で、だ。問題はアイツが『頭から離れなくなった』ってことよ。別にいじめられっ子探してんのだって、ソイツをイジメてる奴ボコすためだったわけだし、興味を持つ道理がねぇ。それでも頭から離れなくなっちまった。我ながらどうかしてると思ったぜ。イジメてる奴らをシメて終いにすりゃ良いだけの話だってのに、それどころじゃなくなっちまった。
 偶然、屋上へ繋がる階段を上る奴を見掛けた。顔は見えなかったが、屋上へ行く理由なんて簡単に想像がつく。まぁ、違ったら違ったでスルーすりゃ良いだけだし、追ってみたわけ。もし死ぬつもりならクソだせーし、ソイツをイジメてる奴をシメたかったからな。
 そんで予想的中。これ見よがしにフェンスなんかに攀じ登ってるから、とりあえず引き摺り落してやった。イジメられてそんなだせー行動を選択しようとしてんのが自分と重なってムカついたからな。
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「で、それがお前だったってわけよ」
「はぁ……」
 一方的に告げられた、過去の顛末。こんな人でもイジメられることがあったんだ、という驚き。それに連なり、僕にはなくて彼にはあった、理不尽に抗う力。それを羨むと同時に、それでも僕の選択肢を否定されるというなら、納得がいかない。
「なぁ、茜。だせーって、本当にな。イジメられて自殺とか、クソだせー。気持ちはよーくわかるぜ?でもよ、本当にそれで良いのか?オメーの望みは、本当にそんなだせーことなのか?」
「君には力があった。不屈の精神も。けれど僕は、そんな力を持たないし、そうしたいとも思わない。君の言うことが分からないわけじゃないけど、僕は僕の選んだ選択肢に、納得してるんだ」
「そうかよ。はー……しゃーねぇな。ならこうしろ」
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 大した意味なんてねぇ。
 俺がこの世に生を受けたのなんて、もし居るんなら神とかいうクソ野郎の気紛れだ。
 そんなモンに縛られる道理なんてねぇだろ?
 だから俺は、俺の好きなように生きてやるって決めたんだよ。
 だからお前は、俺のモノ。拒否権はねぇ。
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「それはいくらなんでも暴論過ぎじゃ……」
「あぁ?暴論だぁ?んなこた知るかよ。俺は俺のしたいように生きるって決めてんだ」
 ダメだ、この人には何を言っても通用しない。無視しよう。そう決めて僕は、視線を彼から離し、フェンスを見遣る。しかし。
「死んだからどうだってんだ?」
 そう、問いかけられた。
「お前は、死んで、それでどうするつもりなんだ?また同じことを繰り返すのか?」
 何も答えられなかった。
「お前はそうやって、死んだ先でもまた、同じことを繰り返すことになるってのがわかんねーのか?」
「それは……」
「ほんとだせー奴だな。つーかさっきので伝わらないのか。めんどくせー。わかんねーならもっと分かり易く言ってやるよ」
 そして梅は、言った。
「俺はお前が好きだ。これ以上は言わせんな、恥ずかしい」
 ……さすがに。
「それは嫌だなぁ」
「んだとテメェ、殺すぞ?!」
「脅迫しながら告白しないでよ……」
「お前の物分かりが悪いのがいけねぇんだろうが」
「……流石に同性に告白されるなんて、思ってなかったよ」
「良いだろ。鏡見てみろって、マジで女だから、お前」
「人のコンプレックス抉らないで欲しいんだけど……やっぱ自殺してくるね」
「あー、わかったわかった、言わねーから。可愛いだけにしておいてやるから!」
「……何か、君と話してたら色々バカバカしくなってきたよ」
 馬鹿と話していたら、いつの間にか、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。さっきまであれだけ背中を押してくれていた風も、今は無い。鳥になる機会を失ってしまった。
 仕方がなく彼に目を向ける。
「今日は辞めておくけど、付き合わないからね?男と付き合う趣味ないからね?」
「自殺しねーってんなら、今日のところはこれまでにしといてやる。でもお前は俺のモノだからな。ぜってぇ逃がさねぇ」
「はいはい。何言っても無駄なのはよくわかったよ……でも、嫌だなぁ……」
「あ、あとお前イジメてる奴ら教えろ。シメてくっから」
「仮に君と付き合ったりしたら、平穏な日常に戻れないことだけは分かった」
 一抹の名残を屋上に残して、僕は屋上を後にする。
 一抹の不安を抱え、僕は教室に戻る。
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「あいつらマジウケるわ。ちょっと脅したら泣いて謝ってきやがった。謝るくらいなら最初からやるなっつーの」
 そう言いながら爆笑する梅の傍ら、僕は一周回って、僕をイジメていた人たちが可哀想になっていた。
 イジメという陰湿な運命は、結果的に終息することと相成ったけれど、これはこれで、別の理不尽な運命が僕を待っているような気がする。……せめて平穏に生きたい。
「というわけで、お前は晴れて自由の身。まぁ、仲良しこよしにはなれないだろうけど、なんかあったら俺に言え、なっ?退屈は身体にわりぃからよ」
「あー、うん、はいはい、そうだね……」
 今日も今日とて、梅は僕のクラスへとやって来る。クラスメイトの視線が痛い。前とは別の意味で、やっぱりクラスの中に居場所はないけれど。
「……お礼くらいは言っておくよ」
「ん?なら付き合えよ」
「それは嫌だ」
「シメんぞ」
 こうは言いたくないけど、彼と出会ったことで、僕にも居場所が出来た。ほんっとーに遺憾なことだけれども。
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オシマイ!

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